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2006年6月14日 (水)

『医療崩壊』から・1

先月、重要な本であるため、毎週取り上げていくとお話しました虎ノ門病院小松秀樹先生の『医療崩壊』についていて、少しずつお書きしていこうとおもっています。

医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何か 医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何か
小松 秀樹

朝日新聞社  2006-05
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文藝春秋での多田富雄先生の嘆きについてお書きしました。
この本には、現在の多くの患者さんの悩みや、医療者の苦悩が凝縮されていると思っています。

この本は、10章からなっています。

1章は『なにが問題なのか』という章で、医療提供者と患者さんの中の大きな前提の齟齬について述べられています。

ボタンの掛け違いはまずここから始まっているのです。

人生と医療
医師は医療行為は危険を伴うものであるし、その技術の効果の限界があると考えている。
患者は医療行為に治癒に向かうに違いないという大きな幻想を抱いている。

というところが大きな行き違いの始まりです。

小松先生は、人生と医療という部分で、前立腺がんの患者さんが『孫が20歳になるまで生きたい。しかもその時自分の年齢は86歳になることも知っていた。』と言う文章を寄せています。

医療は有限の人生とともに進みます。

最期は病でこの世から去っていく事が多いわけですが、老化を止める医療はありません。

医療の不確実性
医療は不確実なものです。
マニュアルが整備されていなかったから、準備が十分でなかったからと医療機関はよく非難を浴びます。

ですが、マニュアルがあれば良いのでしょうか。
小松先生は、プロサッカー選手のマニュアルの無効性を例に引いています。
サッカーのプレイの原則を記載する事はできますが、その運動をマニュアル化する事はできません。
『ゴールキーパーはゴールされないように守備する。』このマニュアルを見て、キーパー業務ができるでしょうか。

人の体も、それに対して行う行動も不確実なのです。
医療に均一性を求める事は不可能です。

安心、安全神話の幻想と恨み
このような不確実性の上に立つ医療にもかかわらず、医療は努力次第で安心し、安全になっていくという幻想をジャーナリストがあおっている面があります。

肺ガンの検査をその合併症から拒否した患者さんが、翌年、ガンが悪化したと裁判を起こし、勝訴した例が取り上げられています。
その理由は、『(努力すれば安全性が確保できるのだから)患者が拒否してもその時にガンの検査をすべきだった』というのが理由だそうです。

肺の一部を取って来るガンの検査にも危険が無いとはいえません。

ご本人の意向に沿ってもこのような判決が出るのは、検査は努力すれば危険性がほとんどなくなるという“幻想”があるからです。

そして、何か合併症が起こると、この“幻想”に基づいた恨みが残ってしまう。

裁判の問題
裁判は、当事者を対立させます。
問題の解決にはならない。
双方の代行者が一生懸命になればなるほど対立は深まり、たとえ勝敗が決まっても、どちらも幸福にはなれません。

なぜなら、感情的な歩み寄りと理解には医療裁判はあまり機能しないからです。

勝訴した患者さんが『むなしさだけが残った』というお話もお聞きしたことがあります。
けなしあいに終始し、建設的な議論にはなりにくい。

また、最近では、損害賠償は保険金として支払われるし、患者さん救済にしておけば、裁判官もマスコミ受けが良いので、医療者を断罪すれば良いという一方的謝罪要求が多くなっている事が指摘されています。

経済的な目的で裁判を起こす例も報告されているとのことです。

八重洲ブックセンターで、ミスをした店員を一方的になじっているお客さんの問題が取り上げられていました。

お客様はどんなときでも店員より上位にあるべきという幻想は、消費社会の大きな幻想の一つです。

同様に、医療も消費社会に突入してきており、内容によらず、一方的謝罪要求をする患者さんも増加してきいます。

私も、お呼びする御名前を、角田(すみだ)さんをかくたさんとお呼びするような僅かな間違えで、看護師長と医事課長を土下座させた患者様を見かけたことがあります。

また、病気ではなく、何かを心配され、腹部エコーを希望された患者さんが、『予約いたしましょう』と受付の看護師さんが申し上げたとたんに、『最初の受付の段階できちんと説明しなかった』と謝罪を要求され怒り出されたことがあります。
そのため、対応された外来看護師長さんが泣き出してしまった事にも遭遇したことがあります。

看護師長さんはただひたすら頭を下げるばかりでした。

他の患者さんも怯えて遠巻きに見守る事しかできませんでした。

病気とは別に、こういった消費者的患者さんが急増している背景は無視できません。

医療機関は社会的インフラです。

コンビニエンスストアやスーパーマーケットと同じ交換が聞く商品を売る場所とは違うという認識が従来はあったように思います。

最近では、検査など医療サービスを〝消費する〟雰囲気に変り、このような社会インフラとして捉える面が急速に消失していっています。

日本の社会における、個と公のバランスの崩壊と関係が有るのかもしれません。
医療だけでない、根深い問題の表出なのかもしれません。

第二章はこれらの事を受けて、『警察介入の問題』へと続きます。

これらの事は私見なので、どうぞ御本を購入して御読みいただきたいと思います。

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