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2006年7月22日 (土)

判決理由の蛇足部分、実際の判決報道から/井上 薫 元裁判官さんのお話/1

7月末に新刊を発刊される井上氏のお話を拝聴し、その後実際の判決の報道がなされました。

こういうことかと思いました。

介護疲れの殺害について、執行猶予判決が 京都地裁で行われた記事です。

介護疲れと生活苦から認知症の御母さんを合意の上で殺害した痛ましい事件でした。

京都地裁は被告の息子さんに懲役二年六月、執行猶予三年(求刑懲役三年)の判決を言い渡しました。

裁判官さんは『命を奪うという行為は重要だけれど、毎日休まず、昼夜介護する間に疲弊し、絶望した心情は察して余りある。殺人は命の尊さを軽んじた結果からではない。』と、執行猶予判決の判決理由を示しました。 

これが判決理由そのものです。

そして、ここに、公的機関へ向けての批判が添付されています。

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井上 薫

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でも、生活保護を受給するために息子さんが社会福祉事務所に相談した時、窓口での対応で受給できなかったこ とを示しました。

そして、判決後の説諭と言う形で「介護保険や生活保護行政の在り方も問われていて、行政にはさらに考える余地があるだろうと批判したそうです。

上記は、裁判官さんの公的サービス機関へのの批判と意見です。

そして、はっきりは解らないけれど、説諭(たぶんお話)と言う形で述べられている。

なんだ、裁判官さんのこんな自己表現の方法があったのでは無いか!と思いました。

私も、この文の内容には深くうなずきます。
先日も、生活保護を断られて餓死してしまった方の報道がなされました。

サービスの提供に問題があるはずです。

この親子を追い込んでしまった背景の説明が短い文章で的確に切り取られています。
素晴らしい指摘です。

でも、これも判決理由に書くべきでしょうか?

この裁判官さんは世の中を諭す、説諭と言う形をとりました。

裁判官さんは良く世の中を見渡し、判決を出さなくてはなりません。

大変なお仕事だとおもいます。

いろいろ思うところもあるでしょう。

井上氏が述べられた事は、判決理由は判決理由、その背景にたいする裁判官さんの意見は意見として、別項に述べられるべきであるという事なのかもしれません。

裁判官さんの御仕事をどれくらいの範囲と捉えるか。

与えられた事案の判決をするだけのシンプルな仕事か、もう少しそれを超えて意見する場なのか。

医師に置き換えれば外科医は美しい的確な手術をするだけなのか。

それとも、その人の暮らしや仕事や、『この人を手術しなくてはいけないところまで追い込む世の中が悪い』とその背景にまでコミットメントしていくべきなのか。

『そもそも、この外科手術は・・・』などと一般論をはじめたら、限りなくコミットしていくことができる。

私達医師には国家権力はありませんから、患者さんが希望するところまでで自然収束します。

裁判官さんには国民が逆らえない国家権力が付与されています。

際限なくコミットできる範囲が広げる事ができる。

そして、その事実は国家的判断として、世の中に与える影響は計り知れない。

そういうことかもしれません。

私のような、しろうとも考えてみても良い問題だと思いました。

でも、この裁判は超高齢社会を迎える私達にとって、とても痛ましい事例だと思いました。

公的サービスのインターフェースの問題も提議されています。

物事は多角的に見る必要があります。

裁判官さんはそこを的確に指摘したのです。

良い判決では無いでしょうか。

井上氏の講演会の内容について少し触れていこうと思います。

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16.講演会/取材など」カテゴリの記事

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