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2006年7月16日 (日)

『医療崩壊』から・10最終章

医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何か 医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何か
小松 秀樹

朝日新聞社  2006-05
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いよいよ最終章。

『医療崩壊を防ぐために』と題された章です。

ここでは、医療事故を防ぐための提案と、医療訴訟が起きたときの対応について書かれています。

医療事故が起きると警察の手にゆだねる事になる矛盾点への解決策が示されています。

少し、題名と内容が異なるように思いますが、小松先生の思いはたぶん以下の様では無いかと思っています。

『医療事故やトラブルをうまく解決する方法を勘案』する事で、医療者の士気の低下や、立ち去り型サボタージュが減少し入院医療機関が立ち直っていくだろうという事だと思います。

私もそう思いますが、以下の文章が投稿されてから数年経ち、私はもっと状況が悪化しているように思います。

「小児科医の遺言状」と題された小児科の先生の自殺の報告です。

立ち去る事ができずに、その場で殉職された先生のひたむきな言葉の一つ一つはどの人の心も揺さぶるでしょう。

疲れ果てて帰ってきても、『5分でかきこめる食事を作ってくれ』と妻に言います。

極限まで現場を大切にする医師を組織の誰も守ってくれません。

『医者なら当然だろ』と考えられているからです。

あるいは、『それだけのものもらっているだろ』とかです。実際の勤務医の給料は40台の中堅どころで、マスコミ関係の70%、通常のスーパーマーケットの常勤の方となんら変らない給料です。

若い医師のころ、私はあまりに給料が安いので、看護師さんによくおごってもらっていました。彼女たちの方がずっと給料が良かったからです。

その後は、銀行づとめの友人におごってもらったりしていただきました。

ここに記されている、医療費削減の名の元に現場医療が荒廃し、困惑し死を選ばなくてはならないほど追い詰められてしまった先生の言葉に、現在の日本の医療者が患者さんがたに期待されていることと、医療現場の現状のギャップが見えてきます。

そして、そのギャップが埋められない事は医療者の『努力不足』と片付けられてきました。

腋毛脱毛2本分のお金で医療者が脊髄液を採取するような医療。

高品質の保障を期待できるでしょうか。

医師は苦悩し、立ち去り、立ち去れない医師はその場で生きる力を失い、死んで行きます。

報道にみるー苦悩の現場
と題されたこの報道も胸に刺さります。

月給6万円で勤務していた研修医の殉職の報道も生々しい。

今、医師だけでなく医療者は自分の生命の命や社会的生命を守るため、医療現場を離れ始めました。

多面的でない、医療機関の断罪に溜飲を下げるような、非建設的な報道の結果でもあります。

静かに加速度的に医療崩壊は進んでいます。

医療者は自分の子供たちが医療関係に進む事を望まなくなりました。

24時間心理的に拘束されない、訴えられる可能性の低い、穏やかな人生を子供たちに歩んで欲しいと望んでいるのです。

ただ、人間的に暮らしたいというその一点だけで、医療崩壊は進んでいるのです。

私は、立ち去っていく医療関係者や閉鎖していく病院を責める気持ちは起きません。

自然の摂理なのかもしれません。

国民が、クリニックのネットワークや病院を医師や看護師の持ち物ではなく、社会的なライフラインに直結するインフラとして考えてくれるようになるなら、少し状況が変ってくると思っています。

キャノンの御手洗社長さんが文藝春秋に重要な論文を寄せられていました。

自身の国やシステムを愛さなければ、その国の繁栄は望めない という内容でした。

国民皆保険に支えられたわが国の医療インフラ。

心無い、浅はかなセンセイーショナリズムに深く傷つきましたが、それでもまだひたむきで真摯な医療関係者が数多く存在している現場。

日本各地の医療機関の先生や看護師さん方にお会いしましたが、少ない医療収入にもかかわらず、本当にご苦労されて地域の人々と支えあいながら暮らされていました。

いまでも、その先生方や看護師さんの御姿を思い浮かべると、胸が熱くなります。

まだ間に合うかもしれません。

『医療は支えあうもの』という文を先月投稿しましたが、『医療崩壊』の本を読んで、まさにその意を強く持ちました。

信頼感を取り戻して、人々に安らぎをもたらすやさしい医療インフラが消滅しないですむよう、厚労省シンクタンクでの研究を進めようと思います。

昼休み、曇りがちの空を見上げながら、私は、ため息をつきました。

今日の午後、比較的空いているクリニックで、おばあちゃんと健康についてのよもやま話をのんびりしました。

また、ある御母さんとからは、別の医療機関の愚痴をたっぷり拝聴しました。

こんな日常の中に大切なものが眠っていると思っています。

どの御医者さんもそういった人を助ける事が好きな人の集団だったはずです。

各医師の善意では支えきれなくなり、個人の存在も、命も生活も危ない場所から医師だけでなく、看護師たちも含めた医療者たちが静かに立ち去り始めました。

先日、助産婦さんが訴えられた報道がなされました。

これから、コメディカルの方々への訴訟も著増していくでしょう。

私の目の前で繰り広げられた、ドミノ辞めと地域医療のドミノ崩壊は今でも悪夢のようです。

本当に医療崩壊がなだれのように進まない事を願うばかりです。

大切な事は昨年からお話しているように、医療と言うのは支えあっていかなくては容易に崩壊してしまうという社会インフラであるということです。

日本の医療というものが、優しさを失わないように願うばかりです。

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