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2006年8月15日 (火)

停電

エレベーター事故のときに、ある会社を責めるよりも、そのシステムの意味を考える事の方が大切では無いかと思いました。

その当時、『どこそこのビルでエレベーター事故』という報道が相次ぎましたが、今はもうほとんどなされません。

急に0になるわけが無く、報道がなされなくなっただけです。

鉄道のオーバーランの報道と全く同じ構造です。

 

私は、電力に大きく頼った今の生活に大きな不安を抱いています。

医療でも様々な事を想定し、幾つ物代替策を練りながら進んで行きます。

ライフラインも複数のものを得ておく必要があるでしょう。

電力に関して、東京都の大多数の人々が、お上から分けていただける物は、川の上を渡る僅か3cmの直径の電線数本である事が今回の事で判明しました。

哀しいほど寂しい命綱です。

ネットワークが組まれているとはいえ、その『くもの糸』のような細さに全ての電力が頼っているのです。

電力会社はそういったものが障害されたとき、障害した先と示談をするそうです。

わたくしは、脆弱なシステムしか作れないこと自体に問題があると思うので、地下ケーブルやバックアップの複数の有線化などを行わない会社自体にも責任があると思っています。

これからどうしていくかは私達が決めていかなくてはならないでしょう。

今回の事件は、電気機能に頼った都市機能と、その供給システムが極めて脆弱である事をあぶりだしてくれたと思っています。

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