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2006年8月31日 (木)

本当の思いやり/意志を尊重すること/終末期ケアの重要性

ご本人が延命を望まなくても家族によって人工呼吸器がつけられてしまうという『いたましい』事例が紹介されています。

ご本人が自分の意思どおりに自分の人生を全うできない。

こういった場合、私もご家族の意向に反する医療をする事はできません。

それまで、何回もの話し合いがもたれても、一度も顔を見せず、最後の最後で延命を希望される方が突然登場されることがあります。

そういった場合、ご家族の総意をお待ちし、その結果を医療に反映することになります。

一方で、本日発売の週刊文春の吉村昭さんのお別れ会の様子は感動します。

生前のお人柄、ご家族の対応。

そして、最後の『(夫は)書斎にも、取材現場にも、どこにもいません。本当に亡くなってしまったのです。』という奥様の慟哭は涙なくしては読めません。

二つの考えがあると思います。

ある人の命は家族(やその経済活動)と密接につながっているのだから、一人の命ではない。 と言う考え。

人の命はその人のものなのだから、ご自分の意思が最も大切。 と言う考え。

私は、どちらも大切だとおもいます。

でも、やはり、御自分が呼吸器の装着を強く拒んでいる方に口を大きく開けてもらい、気管内に管を挿管する時には大きな抵抗を感じました。

この方の命って、誰のものなのだろう・・・

作家の吉村昭さんが自らの点滴ラインを抜き、亡くなられていったとの報道がなされました。(キャッシュファイルはこちら)

ご本人の意思が確認できても、病院で同じ事が起きたら医療事故なのでしょうか。

考えさせられます。

今の日本の医療では、吉村さんのような『豊かな死』を迎えるためには、自宅に帰らざるを得ません。

どんなに患者さん、家族、医師などで同意がなされていても、システムとして成立していませんし、様々な考えのスタッフがいらっしゃるため、少なくとも医師は罪に問われるこのような行為を絶対に許可しません。

本日発売の週刊文春の中のご遺族のお話どおりには病院内では行かなかったでしょう。

本当に雑多なスタッフで病院は構成されています。

すべてのスタッフが事実を正確に認識することは難しい。

また、マスコミも誤った認識で報道する傾向があります。

そのため、病院側が治療を中断するという可能性はきわめて低い。

ご家族やご本人が延命の中断を望まれても、治療を続けるでしょう。

在宅医療の良さがそこにあるようにも思います。

ご本人とご家族に治療を選択する力が生まれるという点に。

医療は限界のある処置です。

私は、謙虚に人の命を考え、ご本人をそっとして意見を尊重してあげる事も、深い愛情の表れだと思っています。

寿命であるなら、そっと見送るのが一番だと思っています。

また、自分の意思を尊重する土壌も必要です。

谷川俊太郎さんの夢は『元気に死ぬ事』だそうです。
気候の穏やかなところで、穏やかに暮らしていけたら・・・とおっしゃっていらっしゃいました。

沢山のものを見ていらっしゃった、透明な洞察力の向こうからの良い響きの言葉です。

これから、穏やかな適切な医療、生き方だけでなく死に方というのものを考えていかなくてはいけません。

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