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2006年9月 7日 (木)

牛乳は乳牛の乳/生き物のしずく

牛乳は牛の命と引き換えに生まれるものです。

私は、お母さん牛は、一度乳が出始めると絞り続けていれば出続けるものと勘違いしていました。

持続的に人工的に妊娠させられ、乳を作らされ、子牛と引き離されると言うこの記載は、もっともっと注目されるべきものです。

私は、親戚の北海道の牧場でのんびりと草を食む牛を想像していましたが、実際はそんなものでは無いという事です。

この記事を読んで私は二つのことを考えました。

命の連鎖。

製品化すると、動物の命が見えなくなってしまうということ。


肉や卵、魚、牛乳は毎日大量に消費されています。

これらは、他の命を殺傷して、人間は生きている。

でも、なるべくそういった事は秘匿して、罪悪感を減らして、沢山、沢山消費するようにしている。

大量消費のために秘匿している側面がある。

動物の命を極端に商品化するのには無理があるのでは無いでしょうか?

安定供給のためには仕方のないところも有るかもしれない。

 

先日、あまった牛乳を大量に破棄するという報道もなされました。

もっと大切にする値段に上げても良いかもしれないと思いました。

子供達に供給するなら、『こども券』を持つ親御さんには安く供給すればよいかもしれない。

命のしずくが、水より安いなんて、絶対おかしい。

今の三倍以上高くてもいいんじゃないでしょうか。

その代わり、量を少なく、貴重なものとして扱う必要があります。

牛の命を敬う必要がある。

余った分はきちんと子牛に飲ませてあげる。

あるいは、母牛のライフサイクルを考えてあげる。

沢山作って、沢山消費するというあわただしい世の中は終わりました。

私は、実はこの話をかつて聞いていたのですが、意味を理解できないでいました。

博報堂の南部さんと言う方が、『大和田君、牛乳って、母牛の犠牲と、牧畜の人の大変な苦労の上になりたっているのに、安すぎると思わないかい?』と尋ねられたのです。

私には、その質問を考えるレセプターが無くて、『大切な食物だから安価に供給されるようにコントロールされているんじゃないの?』という思慮のかけらもない返事をしていたのでした。

恥ずかしい限りです。

レセプターが無いと、大切な話も流れて言ってしまう事を実感し、反省しました。


 

私は、朝、牛乳の白さを見るのがとても好きです。

一日が始まる気がするし、その白さがなんと言ってもいい。

牧場の香りがする気がしていました・・・


でも、その一滴一滴はお母さん牛の子牛を思って流した命のしずくだったのです。

そして、お母さん自身の命を削って流した命のしずくだった。

そこから価格を設定していくべきです。

牧畜の方々の生活も守り、牛の命も大切にする。

そして、人々の摂取脂肪も減らして、人の命も護る。

両立できるはずです。

ビジョン。

必要とされているものは、命の有限性と大切さを感じる感性に支えられた、横断的に世の中の命を慮(おもんばか)り、未来をキラキラと見晴らす事ができる智慧です。


どうしても、この事を書きたくて、今日はこの記事にしました。

あしたから、牛乳の見方が変わると思います。

母牛に感謝しながら、牛乳を頂く事にします。

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