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2006年10月 1日 (日)

祈りの敬虔さ/野町和嘉さんの写真展/人々が生きるということ/イスラムでもアンデスでも

写真家の野町和嘉さんにご招待を頂き、写真展に伺いました。

Nomachi1 人々の敬虔な祈りの姿には心を打つものがあります。

何といってもお誘いいただいた講演会が何よりも心打つものでした。

『イスラームは過激なものであるという印象があるかもしれませんし、キリスト教の重鎮の方の不用意な発言もありました。でも、その根底に流れるものは、厳しい自然と神の前では平等という思想なのです。』

というお話から始まったお話はとても素晴らしいものでした。

『そうはいっても、皮肉な事にイスラームの世界で人々の格差が大きいのも事実です。』

その言葉一つ一つに、表層的でない、異文化の人々の間に分け入ってその人々の心の真実を写真に結晶化することに成功した確証が埋め込まれています。

(野町さんから写真のこのブログへの使用を特別に許可していただきました。深謝申し上げます。)

砂漠の民に魅せられた野町さんの写真に、数年前の東京都美術館の写真展で拝見し、大きな衝撃を受けました。

やはり、ご招待を受けたものでしたが、予想を上回る衝撃でした。

私が到着したとき、野町さんは広い会場で、一つずつ大きなパネルの前で写真を解説していらっしゃいました。

始めは少数だった人々が野町さんの周りに集まってきて、熱心にお話を聞きながら、聴衆の輪が大きくなっていくという、遊牧民のような解説でした。

その後、私は沢山の友人を亡くし、自然の前の人々の小ささや、命のはかなさを噛み締めてきました。

そして、数年後。

また、野町さんのお話を伺う機会に恵まれました。

厳しい砂漠の自然の中で生きていくためには、人々が調和を保ち、行き続けるための祈りが必要だったのです。

『祈りそのものが生活、生命じゃないかって思えるんです。』

重たい言葉でした。

恵まれた私達は『祈り』を考えるとき、ご飯や水やトイレやそういったものの心配はほとんどしません。

なにか、願い事がある時に『追加の事として』、神社仏閣などに『祈り』や『厄除け』に行きます。

ところが、厳しい自然に囲まれて必死に生きている人々は祈りそのものが生活にならざるを得ない。

野町さんの写真を夏、クーラーの効いた部屋で拝見する事は簡単です。

でも、彼はその現場に行き、彼らと無数の会話を交わし、心を交わし、その生の表情を結晶化させることに成功してきた。

こういった立派なお仕事をされる方が日本にいらして、本当に誇りに思います。

Andesten3 新宿の西新宿で、『アンデス』展が開かれます。

どの国にも祈りがあり、自然への敬虔な思いがそのベースにある。

写真を一枚一枚見ていくことで、生きていくという、命の基本に触れることができる。

 

静かな写真展の会場から沸き立つ香りは、『宗教』と言う名で一くくりにされるものと、少し違う音色だと思います。

写真は、その存在自体の美しさも大切です。

でも、野町さんの写真はその後ろにある、『人々の思いを結晶化させる』ことに成功していると思っています。

野町さんの網膜を通した人々の間に漂う一瞬で消えてしまう真実が映し出されている。

それは対象となった人々との信頼関係が無くては得られないものです。

実験の顕微鏡の性能を上げて、見えなかった写真が撮れるようになることとは全く異なる次元のものです。

人間の魂を撮る作業の成功。

だからこそ、そこに人間の心を打つものがある。

秋の爽やかなこのひと時は、世界の人々の思いに触れる写真展にふさわしい素晴らしい時です。

穏やかな自然の日本に住む私達が感じなくてはいけない、感性を取り戻す良いチャンスだと思っています。

同じ国の方にこのような方がいらして、本当に誇らしく思います。

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