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2006年10月18日 (水)

妊婦さんの受け入れ拒否/赤ちゃんは無事で本当によかった

妊婦さんが受け入れ拒否を受けて亡くなられたと言う悲しい報道がなされました。

本当に悲しい出来事です。

同時に、夜中にもかかわらず、保険診療下で救急車の費用も公費で、大勢の先生方が病院を探し、6時間で脳と妊婦の救急に対応する病院が見つけられて無事赤ちゃんは救えたという事実も考慮する必要が有ります。

これらの医療機関の医師たちは行える全力の努力を行ったうえでのむなしさと、お詫びの気持ちでいっぱいなのでは無いでしょうか。

でも、こういったシステムの不全は個々の努力を出しきっても届かないものがあります。

私も何度も、救急車に同乗しましたが、夜中、大きな合併症を抱えた患者さんを傍に、いろいろな病院にあたらなくてはならない努力と辛さは、経験した人しか分らないものかもしれません。

アメリカで私の先輩の先生が虫垂炎で破裂しそうになってプレショックになった時、小さなベッドの上で保険証の照会のために、その状態のまま7時間待たされた事を思い出します。

病院内ですが、診療契約が開始されないので、受付の前に放置された状態でした。

しかも、その病院に自費でタクシーで行き、手術の費用は100万円を超えたそうです。

まさに今、保険医療制度をどう考えるかと言う岐路に来ていると思います。

Intracerebral hemorrhage in pregnancy: frequency, risk factors, and outcome.
Neurology. 2006 Aug 8;67(3):424-9.Click here to read
* Bateman BT, * Schumacher HC,* Bushnell CD,* Pile-Spellman J, * Simpson LL, * Sacco RL,*Berman MF.
College for Physicians & Surgeons, Columbia University, New York, NY 10032, USA.

こちらに、妊娠と脳出血についての最新の情報があります。

私は神経内科なので、こういった他の科の意識障害のときに大学病院でよく呼ばれました。

脳外科の先生とディスカッションを繰り返したこともありました。


妊娠、出産時の脳出血は妊婦死亡の大きな原因になっていて、脳出血のリスクファクターも明らかにされています。

妊婦さんは、血行動態が変り、体に負担がかかり、また、出産時には出血や羊水の影響などをうけます。

出産中にともない、子癇(しかん)という痙攣を伴う意識消失発作を起こすことがあります。

この際、MRIでは、一過性に脳梗塞や脳浮腫のような状態、あるいは脳血管の収縮が認められることもあります。

これは、私の推測ですが、そういった臨床症状が無くても、きっと妊婦さんの脳では様々な負担がおきているのでは無いかと思っています。

その状態が悪化すると臨床症状が現れて、MRIで異常と捕らえられる。

また、出産後の脳下垂体異常も有名です。

お母さんの脳は様々なストレスにさらされているのです。

妊娠、出産はまさに命がけの行為なのです。

しかも厄介なのは、子癇だと移動することで、痙攣が誘発されてしまう事です。

意識障害が子癇なのか、脳出血なのか。

移動して検査すべきなのか、様子を見るべきなのか。

その時の現場は判断に苦慮したと考えます。

症状が進行したため、判断材料が増して初めて判断できるものも有ります。

今、産科医療に助産師さんがさらに積極的にかかわっていく必要性が言われています。

医師不在で独立していく助産師さんは出産のケアだけでなく、たとえ正常出産であっても、これらの血行動態や脳の状態に対する理解を是非深めておいてもらいたいと思っています。

一方で、医療費削減の波は、日本中で起きていて、『効率化』の名目で医療の集約化が進んでいます。

搬送への時間の増大と、大病院への集中と混雑はさらに増すことでしょう。

訴訟の問題もあり、医師はすぐに診断し、様々な医療手段が取りうる大きな病院に移動し、さらに医療ネットワークの退縮は進みました。

患者さんの望むニーズは、保険診療でまかなえる範囲をはるかに超えてしまっているのです。

先日、ドイツ医療システムについての会議に出席しましたが、ドイツでは、医療保険料の支払い者(疾病基金)が行える医療機関を契約で決めているということでした。

日本のように保険証があれば、自由に医療システムにアクセスできるわけでなく、持っている保険証でかかれる医療機関が決まってしまっているのです。

しかも、労働保険を中心に発達したシステムですので、無保険者の方々も沢山居るとのことでした。

どの国も、医療費の抑制と品質の管理には苦労していています。

アメリカのように全て個人の責任で、払った保険料の質に応じた医療を受けられる(しか受けられない)というのはシンプルですが・・・

イギリスで胆嚢炎を起こして専門医療機関待ちの時間の間に、日本に帰国し、オペしてイギリスに戻ったた先生のことも先日お書きしました。

イギリスのGPによるゲートキーパー医療の真骨頂です。

その目的は、患者さんの受診制限を行い、医療費を抑制するという事です。

イギリスに戻ってから、やっと腹部エコー検査の日がやってきたそうです。

また、イギリスでは65歳以上は保健医療で透析ができなくなります

自費で透析を行うのは大変な額がかかりますので、ある年齢以上では、腎不全=死という構図が国の指針で定められているのです。

同時に、こうした荒廃した医療システム下でイギリスの医療者たちは絶望し、国外へ流出しているそうです。

救急車を呼べば、無料で必ずどこかの病院に到着して、(認証に時間などとらず)保険証一枚で初期治療が受けられて、CTやMRIなど最先端の機器で検査を受け、治療に速やかに移り、どんな年齢でも適応があれば緊急透析もできる。

薬剤も最も適したものを用いる事ができるといった、日本に居ると当たり前の事がものすごく素晴らしい事に気付かされます。

今回も意識を失った重体のお母さんから無事赤ちゃんを救いました。

そして、適切な診断の元に、最重症のお母さんにも一流の脳外科システムによる脳出血の手術が行われています。

多くの医療者達が夜中に必死の救命劇を繰り広げたと考えられます。

お母さんが亡くなられたのが、本当に残念です。

保険の種類によって、薬に制限がかけられていて、自分が支払った保険会社の指示する以上の薬が使えないという国も多く有ります。

日本では、保険収載された薬剤なら、そういった制限は無い。

医療者の良心に従って、最適な薬剤が選択されます。


先日、医療機関の集約と退縮が急速に進んでいる事をとても危惧していると書きました。

残念ながら、この流れは加速していくでしょう。

医療費の削減は、医療者の給料の削減ではなく、ぎりぎりのところで耐えている医療インフラの消滅と退縮に直結しています。

先日、外科の先生が夜中に足をくじいた救急外来の患者さんに『足専門の整形外科の医師を呼べ。整形外科の救急を標榜しているんだろ、おまえらの病院は。』と叱責されたと苦笑されていました。

実際は、レントゲン500円+受診料千数百円+痛み止めなどお薬数百円で、数千円で、適切な医療を施したのですが。

これについてもアメリカの事例をご紹介したことがあります。
手を骨折した夕方からアメリカの病院にかかった患者さんの例をご紹介しましたが、専門医が登場するそういった医療を行うには数時間の待ち時間と、百万円以上のコストがかかったのです。

この患者さんの望むところを実現するとすると、それくらいのコストがかかるということです。

例えば、ネットワークが不調で、緊急でオンサイトでコンピュータの技術者を呼ぶと、一時間6-7万円します。夜間なら倍です。倍でも呼べないかもしれない。

医療のように数人で同時に作業したとすると、一時間かかったとして、コンピュータ技術者としても60-70万円の人件費がかかります。

2時間なら倍です。

そこに、病院のインフラの経費が追加される。

医療者だから高価というわけではないのです。

アメリカの医療が高価なわけでもない。ただ、実費を請求されただけです。

専門の人をある時間緊急で呼んで、マンツーマンで作業を行うというのは、最も高価な作業の一つなのです。

日本の医療では、採算度外視で働く医療環境があるから、もっているという面があります。

外国が日本の出来高制の医療システムを導入しないのは、同じシステムを入れてしまうと、青天井式に医療費が高騰してしまうからだそうです。

日本の医療者は自分の儲けよりも最適な医療を行うという自制心と良心が優先され、それが、出来高払い制なのにきちんとある一定の低い水準の医療費に収まっている理由なのです。

日本人は本当にまじめな国民だと思います。

一方で、日本人が望む医療の質がとても高くなり、公的保険料金でまかなう医療では満足できず、破綻し始めているのかもしれません。

どんな合併症がおきてもすぐに対応できるシステム作りにはコストがかかります。

もう、病院にはそういったインフラに割く余力はなくなりました。

日本の医療は中央統制システムですので、自力で行える事には限界があるのです。

さらに、良心にしたがって、コスト以上の努力を行って、必死に働いてきた医療者達は医療訴訟に怯えています。

『結果的に』治療が不十分であったり、『結果的に』検査が十分でないと、あるいは、『結果的に』治療の準備がなされていないと、犯罪者同様、警察に逮捕されるからです。

良心に従い、寝ずに何百人もの赤ちゃんを取り上げてきた先生が、輸血が間に合わなかった一例をもって、警察が犯罪者のように一年後に突然逮捕しに来た事は、多くの医師に大きな心のトラウマとして残りました。

より良い医療を保障する、高額な私的な医療保険に別個に入らなくては安心できないという状況は、医療格差を生む素地で、好ましくないものです。

同時に、公的に整備されているものよりも、質の高い医療への要望が高まっているという素地が生まれている事も事実として見つめる必要があります。

それは、病院などの医療機関への入り口を、並ぶ列、並ばなくても良い高価な列の2つにするということを望むニーズの高まりです。

医療界では国民皆保険制度下に、非常に平等な世界が実現されてきました。

それも、国民のニーズの前に、崩れ始めているのかもしれません。

夜中でも『迷わず設備の整った救急病院』へ搬送、あるいは『足専門の整形外科の先生の受診』を確保する事が可能でしょう。

常にそういった、医療設備を常備していくためには、潤沢な医療者を常に常駐させる必要があり、今の最低限の医療者数で疲労の極限下でまわしている当直態勢とは比較にならない莫大なコストがかかります。

それに相応する高価な私的な保険料を御支払いする必要がでてきます。

あるいは、高価な保険料を御支払いしている方々を優先するといった事態も起きるでしょう。

混合診療の解禁はそういった事を意味します。

日本の医療は公的インフラの面がとても強い文化を持っています。

それとはそぐわないので、欧米のそういった感覚はなじまない感じもします。

今後それらを含め、医療システムの整備がとても大切になってくると思います。

医療システムが不備なのが、本当に申し訳なく思い、同時にそれを個々の努力で補おうとして過労死する先生方、あるいは燃え尽きて現場を離れる先生方が後を絶たないのが悲しくて仕方ありません。

そして、いつでも悲しい思いをするのは患者さんであるというところが、本当にいたたまれない思いです。

いつでも、どんな国のどんなシステムでも、国民が満足する医療システムとして成功を収めた例はありません。

どの国も医療システムの改変を常に行っているのが現状で、失敗した計画の連続と言った方が良いかもしれません。

どの国も、それぞれの文化の中で、予算の抑制と質の確保と言う点で本当に苦心しています。

日本は低予算で、仲間意識と平等意識による文化に支えられ、安心感と高レベルの医療水準の結果とを残していると思っています。

これから、改良を重ね、ゆっくりでも不幸な事を減らしていく努力を絶え間なくやっていく事しか道はありません。

こんな混沌とした医療システムでも生き残っていくすべについての『難病とケア』の論文をしたためながら、テレビに写された赤ちゃんの笑顔を思い出し、がんばらなくてはならないと思いました。

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