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2008年10月 1日 (水)

セントリーノの歌/僕は何でもできるかも、君はどこにでもいけるかも

セントリーノの歌 が大好きです。

渋い声のフランス人のようなお父さんと、無邪気な子供。
踊りもかわいいです。
『僕はなんでもできるかも、君はどこへでもいけるかも・・・』という歌詞もいい。
自由がテーマ。

『お腹がすくのは嫌だよ』と子供が言うと、
『食事をすればいいじゃないか』と父は言う。
『また、お腹がすく準備をすることになるじゃないか?』と子供が言うと、
『満腹から自由になったと思えばいいじゃないか。』と父は言う。
『それじゃ、ご飯に行こう。』


というなんとも微笑ましいエピソードもインテルのサイトで見れます。

実は、禅にも、満たされることと足りないことは同じ事である事が言われています。

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玄侑 宗久

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『知足』と言う言葉があります。
満ち足りていることを知れ、という戒めの言葉に使われることが多いのですが、玄侑 宗久先生によると、『今の現状は、自分で欲してなった結果であり、それを全面的に肯定すること』と説明されています。腰痛や、忙しさですら、そういった物だと。

一日一日は独立した瞬間の連続であり、それらは全て私たちが欲したものなのだから、それを全力投球で行け、とも。

お腹が減るような状態になったのも、健康な体をずっと維持しているからこそ空腹になるのだし、美味しい物の味を覚えているからかもしれません。
お腹が減るぐらい、お父さんと力一杯遊んだからかもしれません。
お父さんが言うように、『満腹から自由になった』から、頭がさえるかもしれませんし、次の食事がとても美味しく感じられるかもしれません。
つまり、空腹という一見、『足りないように見えること』は、こういった沢山の事に『満たされている』とも考えられるのです。
足りない、と嘆くことなく自分を信じて明るく生き生きと生きることの重要性。

何もない宇宙空間は、ヒッグス場というエネルギーの充満した物かもしれません。

セントリーノのちょっと翳りのあるヨーロッパ調の歌は、そんなことを思い出させてくれます。後ろの伴奏の女の子も、小さな子供の鳥の踊りも本当にかわいい。
『セントリーノ、セントリーノ、セントリーーノ』と頭でリフレインしています。
でも、セントリーノだから、鳥なのでしょうか。
なかなか、いい歌です。

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