« 軸足に戻る / 大切なこと | トップページ | 日本神経学会総会2018 / 「高齢者の運転」 高齢 運転/ 初夏の札幌 »

2018年5月24日 (木)

「麦の自由」

Inumugi20182

今週末、日本神経学会の会合のため北海道にほぼ日帰りで伺う予定にしています。

生涯教育委員として、「認知症と運転」の司会を行う予定になっています。委員としては最後のお仕事。

様々なシステムの中の役割は、長年かけて積み上げていくものです。総合病院なら、医長から部長へ。副院長先生から院長先生へ。

医学会や、大学の中でも同じです。でも、僕は、そういったものを皆かわしてきてしまった。事情からいったん引き受けても、機会をみて辞退させてもらってきました。
「麦」でありたかったから。

後進の教育に必要な指導医や専門医などは頑張って保持してきましたが、他はできるだけ、ひっそりとしてきました。

「僕は、やっぱり麦の人生だったんだなぁ」とおもっています。

COIに気を付けて、製薬メーカーさんからフリーにもしてきました。MRさんにずっとお会いしていないのでクリニックの担当者は全て不明。なので、よくある担当者交代も意味がないクリニックになりました。

Tatunootoshigoその代わり、システムに縛られない「自由」を手に入れました。
クリニックには、総合病院のネームバリューもありません。

東京の片隅のビルの扉を開けて、クリニックの診療を信じてきてくださる患者さんがたのみに支えられています。
宣伝のたぐいも、すべて行ってきませんでした。その意思は、一緒に働く若い医師たちも共有している。

人々の自由意思にのみ支えられていること。

僕は、それを「麦の自由」と名付けました。

煮え切らない理不尽なことが多い昨今。生き馬の目を射らなければ、どんくさいと言われてしまうのはオカシイとおもっています。豊かさは別なところにある。
すこし、すがすがしいシステムが世の中の片隅にあってもよいかと思っています。「建設者」が作りかけの座標のない空間のように。

|

« 軸足に戻る / 大切なこと | トップページ | 日本神経学会総会2018 / 「高齢者の運転」 高齢 運転/ 初夏の札幌 »