« 2018年6月 | トップページ | 2018年8月 »

2018年7月

2018年7月15日 (日)

栄養相談専門士LENC / 名古屋で講演会

Senbikiya_3 今日は栄養相談専門士の講習会が名古屋で開かれています。 僕は手が痛むので、帰京。
千疋屋のお菓子を買って行きました。前回は、東京ばなな。もっと前はリサーラ。毎年、工夫しています。
Ryuugumo 名古屋に行く途中で、飛行機雲?竜の雲(勝手につけた名前)が並んでいました。
新幹線に良く乗るけど、初めての風景。
白い帽子を被って海を見つめている横顔を見て、彼女は何を考えているのだろうか?とふと不安に思う気持ちを詠んでみました。
Fujinomizu 日射しがまぶしい。
夏の日射しは、暑いけれども僕は好きです。
夏の君 心に何が 射している 優仁
ふつうは、スペースは空けないけれども、一息ずつ語る感じがいいかもしれない。
僕はおじさんになってしまったから、今なら〝海をぼーっと見ているから、覚醒度が落ちているんだろう。α波状態かな。〟とか思ったりする。
Nikukyuu 手のヤケドを説明するために絵を描きました。
テレビでも、雑談で描いた絵が流れたらしいけれど、僕は時間が無くてまだ録画を見れていないです。
肉が肉球になって、肉球の煮豚を作ろうとした、と説明しました。
秋にシンポジストになる。
神経内科の先生たちに、栄養の重要性を話してきたけれども、なんで、今ひとつの反響なんだろう。
僕らは、認知症を見るから、最大のリスク因子である糖尿病の予防治療にコミットすべきだし、球麻痺や嚥下障害の人のための食事形態がリハビリや在宅に必要。
なんで、今ひとつなんだろう。
僕は、胃瘻の論文も書いたし、脳に働くオメガ3を頑張ったし、栄養学の本丸の学会で働くようになった。
縦割りでは何も生まれない。一人のひとのなかで、統合されることが重要なんだと思う。

|

日本栄養学会、協会 大連合会 / パネルディスカッション3 / 博報堂キザシ

今、名古屋で栄養相談専門士の講習会が行われています。

我々が秋に行うパネルディスカッションの、私の抄録を掲載しようと思います。
やがて、プログラムとして公開されます。

僕は、何かをスケープゴートにして不安感をあおって仕事をすることを嫌悪する。新しい人々のための〝何か〟をつくることが、〝人間が持つ想像力/創造力〟だと思う。僕はそうやって、一つずつ生きてきた。

文字数制限があるので、本当はチョット短いけれど。

栄養カウンセリング研修・栄養相談専門士に期待する〜医師の立場から〜

                      秋葉原駅クリニック  大和田潔

 私は、救命救急から在宅医療、東京医科歯科大学附属病院や総合病院などで臨床に身を投じて30年ちかくの年月が経過した。多彩な医療システムで働かせていただいてきた。また、厚生労働省の『医療等の供給体制の総合化・効率化等に関する研究』も行い、日本全国のさまざまな医療機関を見学し、論文もしたためた。
 「あの患者さんは、食事を食べられるようになったから生き残るよね」
 

「食欲がある人は元気だよね」
などという会話が、医療現場ではよくなされる。このような背景をもとに、現在はクリニックを開業し10年以上が経過した。患者さんのためだけに存在するクリニックを作りたかったことが、開業の動機である。患者さんのためにクリニックが投資し、管理栄養士さんから患者さんに栄養相談を行ってきた。

 

また、おべんとうのメーカーとタッグを組み「薬では無く〝食事を処方する〟」というメソッドも模索してきた。当院内の管理栄養士と、お弁当メーカー内の管理栄養士がやり取りするシステム作りもしてきた。こうなると、もはや「日々の食事が薬」となり、処方を減らして行くことができるし、その〝果実〟を患者さんとわかちあってきた。

 

従来の医療システムは、「将来の合併症予防」の目的で検診を行い、投薬を行ってきた。これは、ともすると「検診で網をかけて患者を得て、薬で医療機関につなぎとめる」事になりかねない。本来ならば、医療機関は、「健康になる場所」であり「元気を回復したら縁を切るべき」場所であるはずである。それなのに、いつまでも投薬で患者をつなぎ止めようとする。


 わずかな高血圧、わずかな血糖値の髙値にもかかわらず「内服をしないと、あなたの命が危ない」と脅されたりもする。
 正解は、「栄養相談専門士LENCの管理栄養士さんから説明を聞いてみてください。お食事の異常な状態を是正してみましょう。僕らは、〝何かがダメ〟とは決していいません。できる範囲で置き換えをして、治してしまいましょう。それでもダメなときには、お薬を処方しますね。」というコトバであるはずだ。

 私は、そういった従来の医療へのアンチテーゼを命をかけておこなってきた。医療機関からすると、お金をかけて患者数をへらすため「逆インセンティブ」になる。けれども、インターネットが広がり、市井の人々の知識の底上げが行われている状況では、当院を自主的に受診される方が急増している。そのことは、博報堂さんの取材でも話した。キザシという連載になっている。

週刊文春さんのスーパードクターや、日本の名医なんていうのにも時々掲載されてきたけれど、存在しなかった物を作り出して当たり前のことを実現してきたにすぎない。

 栄養管理の大学を出ていない医師が、忙しい外来の合間に代謝病の栄養について患者に説明したり啓発を行うのは不可能だ。患者さんの方から医師に、日常生活の細々したことをドンドン語りかけるとも思えない。僕は、専門医の指導医でもあるので患者さんと会話がほとんど無い診察ブースも随分みてきた。僕は、層では無いけれども。食事は、日常生活の一つだけれども、そういった事に興味をはらえる医師は少ない。保険診療では、時間がタイトすぎる。

管理栄養士との連携が不可欠だろう。さもなくば、投薬に依存することになる。処方薬材料が増えれば、医薬品メーカーは潤い薬局も活況を呈し、それを主導する医師の立場もあがろう。
 一方、管理栄養士は大学を卒業した後の、系統的に臨床を学ぶ方法が欠如している。我々は、その状況を打破するため管理栄養士が臨床を学べる「栄養相談専門士」制度を色々な先生と共に開始している。卒業生たちの臨床上の悩みにも応えてきた。

 私は、管理栄養士の就職先が医療機関ではない事の方が多いことを知り、愕然としたことを思い出す。栄養士として働くことを止める、一般企業に就職することもおおい。なんてもったいないのだろう。
 一方で、彼女らは臨床を学ぶ場も無く、現場に投入され孤独な戦いを強いられている。僕らは、もともと能力がある彼女らに臨床での力を与える場を作りたいと強く願った。そうして、志高い人々があつまって、研修会を形作った。
 今後、栄養学会の研修システムと相互補完していくことが、偉い先生方から提案されてもいる。皆とここまでこれたことを、とてもうれしく思う。すばらしい風景を見せていただいた、早川先生、野口先生、土佐先生にはこの場で〝ありがとうございます〟と伝えたい。
 私は、栄養相談専門士のシステムを使って、有能な管理栄養士が数多く臨床の現場に身を投じてくれることを望んでいる。
 医師、看護師、パラメディカルの人々と共に、管理栄養士が患者さんの病と戦い、患者さんと苦楽をともにし、患者さんと共に時に笑い、時に泣いてくれるような日を夢見ている。
 私は、今回のシンポジウムで皆さんに語りかけたいと思っている。
 そして、希望を胸に現場に戻ってくれることを心から願う。これからやってくるだろう〝管理栄養士が期待される世の中〟に備えて欲しい。
 僕らは、先に戦っている。
 しなやかで良い切れ味を持つ君たちが、援軍となって戦ってくれることを待っている。共に、臨床の場で患者さんにふりかかる病の厄災と戦おう。
 患者さんもご家族も、皆さんの事を待ち望んでいる。

|

2018年7月14日 (土)

管理栄養士さんの先生になる / 名古屋での講師 /徳州会の坂本先生、岐阜大の堀川先生と

マメルリハの話から、管理栄養士さんのお話をはじめました。
名古屋からの日帰りでも、ブログが打てるなんて素晴らしい。

Nagoyakeizaidaigaku20180714

 

場所は、名古屋経済大学のキャンパス。

名古屋駅から先生がご案内してくださいました。
灼熱で40度近い。

東京より暑い。

 

徳州会の坂本先生が、進むべき道を示してくださいました。

Dr
沢山のいろいろな話をしました。
やさしい、良い先生です。

ヤケドをしていることもあり、「痛みと優しさ」について、語り合いました。
胸部外科や消化器外科をなさっていたので、救急で医師の心のありかのとってもいい話でした。沢山おいしゃさんの話をした。

Photo_2 和洋女子大の古畑教授もいらしてくださいました。

かろうじて指だけ動く、〝豚足〟を笑ってくださいました。豚に包帯。

医師には、共感はありません。必要な処置があるのみ。自分に施した広範囲2度熱傷の処置ついて報告致しました。

僕らは、休まないように訓練をうけているので、片手に(たぶん世間で言う)重症な
熱傷にあっても病院は受診しない、というか、そういった時間が無い。

糖尿病でも高血圧でもないので、蜂窩織炎にはきっとならない。ヒビテンできのう痛みをこらえてデブリしました。必要なら正中神経ブロックを自分で局麻すればいいだけ。右手だけでキーボード打ったし、疝痛発作も無表情に過ごすコツも覚えた。診療は休めない。何日も診療してきたので、ガス壊疽にならなければ何も変わらない。
匂いで、菌の種類や多さが何となく。

Photo 岐阜大の堀川先生。とっても素晴らしい先生。早川先生と土佐先生。

国立大学の応用物理を学んだ後、国立大学の医学部に入り直して人間の医療に携わられています。

堀川先生は、なんて素晴らしい人生なんだろう。
〝おまえは、体型が壊れているから、生きていればまた会おう〟といってくださいました。そのとおり。名医は違う。真実を通して人心をあっという間に、つかみ取ります。堀川先生を頼っている患者さんは、無数にいるんだろうと思いました。本当にいい先生。
前田先生とは、名前の順で隣の同級生らしい。

Photo_3 150人以上いらっしゃる前で講師/講演会をしました。一般の方も聴けるようになりました。

多田先生は、古畑先生と同様に栄養学の重鎮。僕らは、栄養学会、協会大連合会で毎年シンポジウムを行っています。

一貫したテーマは、〝臨床栄養士さん、臨床の現場で一緒に戦おう〟です。

画像でお見せできる状態ではないので、チラ見。突沸した湯は、手のひら全体を包み、指の隙間をぬって僕から立ち去りました。

マメルリハは、無傷ですんだ。それなのにやつは、剥けて垂れ下がった皮や赤い未熟な肉芽をねらう。自然は、残酷です。言葉は通じない。それでいいとおもう。少なくてもつつきたくない悪臭にはなっていないらしいから。

Burn堀川先生や坂本先生からのコトバを胸にひめて、名古屋を後にしました。

ちょっとガンバってみようと思うけれど、昼休みは事務さんが午後の診療のために午前の集計をするあいだの3分のみ。40秒のトイレのあと、箱買いしたカップ麺がふやける前に食べるのが日課になっている。

午前の患者さんが夜にかかるときには、何も与えられないから、何も求めない。生物学的欲求を一時的に遮断する。


医師になったときから、ずっと同じ生活。生きている間に、僕が守れる患者さんがどれだけ多いかだけ。佐久間町に引っ越してからだけでも、沢山の患者さんを護ってきた。

この前も、心臓のことを僕にしらせるためだけに、何時間も待ってくれた人がいた。今後、僕らには通院されないにもかかわらず。ただ、それだけのために。

僕は、手のひらが焼けても医師の訓練を受けてきたから泣かないけれど、そう言ったときだけ、僕は、静かに心の中で泣くことを自分にゆるしている。

世間は連休かもしれないけれど、たまりにたまった様々なしごとが明日もクリニックで待ってる。左手でキーボード打たなくてはいけない。泣いても、何も変わらないから泣くだけムダだ。

患者さんたちが経験しなくていいつらさを、僕はダムのように少し減らせてあげられているのだろうか、防波堤になれているのだろうか。僕自身には全く自身がない。

僕ら医師は、インフラで道具。〝換え〟はいくらでもある。けれども、がんばらなければ、いくつあってもたりない。砂防ダムのようなものだ。山で廃用になれれば、捨てられていく。換えはいくらでもある。でも、生きている砂防ダムがないと里を守れない。

東大の女性の若い医学生さんは、産婦人科に行くという。なぜ、こちらがわに来るの?君は。と質問してみた。

〝生まれてくる子供や、人の命を守り続けたいから〟とキラキラした目でかわいらしい顔でいう。僕の手のひら全体の熱傷の話をして、国試に熱傷はでるよ、と教えてあげた。光が角膜に反射する彼女の目は、僕が守ったマメルリハのつぶらな瞳といっしょだ。僕の腐りきってしまった目とは違う涼しげな輝く瞳。

手のひらで、とりあえず面積を測るんだけれど、僕は手のひらがダメになっちゃったし、グローブみたいにむくんでるから計測が不正確だね、といって黒ずんだ指を痛みをこらえて曲げてみせたら笑っていた。やがて彼女は、救外の扉があいた瞬間に急患に突っ込んでいって、皆に指示号令をかけながらコッヘルやペアン、無数のモスキートで断端動脈を結紮しながら赤ちゃんや女性を護り続けるんだろう。

なんてカッコいいんだろう。〝クロスマッチ終わってるでしょ。12単位の輸血お願いね〟とかいって麻酔科の先生とほほえむ姿が思い浮かぶ。

女性医師は、思い切りもいいし丁寧で美しい。寝ていないはずなのに、くさくないしどこかで姿を整えている。人間の容姿を捨ててない。

皮膚科の女性医師の先生は、〝一発で焼ききんなきゃ、痛い回数がふえるだけでしょ〟と患者さんにいって、手のひらや足裏のHPVのイボを焼き切っていた。なんてカッコいいんだろう。

美しい彼女には、現場でムリせず長生きしてほしいとおもう。心からそう思う。おじさんたちが、盾になれるなら、上から振ってくる弓矢から彼女たちを護りつづけたい。もちろん、青年たちも。


僕は、ガンバって渇水をふせぐ水道管や蛇口ぐらいの価値にはなりたい。一滴ぐらい運べれば、運べる可能性を示した、と若者に詭弁できるかもしれない。物事は、ポジティブに考えるべきだ。

管理栄養士の皆、臨床の現場にでてきて欲しいと思う。共に、病と戦おう。僕らだけでは、網の目があらすぎる。

説明したとおり管理栄養士の皆にしか、守れない命があるのだから。

|

2018年7月 9日 (月)

日暈ひがさ / ハロ / ひたちなかの夏 / 瑠璃唐草

Kouda

ひがさがクッキリと7月8日に現れていました。


秋に見たことはあるのですが、初夏に診るのは初めて。

暈という字はこの現象に使われる感じ。うっすらとでているので、ぼかすという意味でつかわれているのかもしれません。




青空の夏 陽を包む掌(たなごころ) 白き暈   優仁

陽の光が強くて、一緒に歩く女性が日差しをさえぎる手のひらが、日暈のような様子を俳句にしてみました。白くしなやかな手のひらは、日暈のようです。

ひたちなか や ひたちなか海浜公園は、気になる場所です。紹介ビデオも作られていました。

飛行機の翼を広げたような屋根、中心で交差する道。
ガラス張りのひたちなか海浜公園駅。

行ったことがないのに、馴染み深い感じがする不思議な場所。
君の香 夕に放たれ 瑠璃の花 優仁
夕日を一緒に座ってみていると、長い髪がゆれてラクトンが空に放たれます。香はやがて、透明で少し瑠璃色をまとった花弁となり風に舞う風景を詠みました。
美しく懐かしい風景です。

|

2018年7月 8日 (日)

ZEROとスッキリ!の思い出 / ヂアミトールと界面活性剤

Photo_2

医療機関では、手を洗ったり色々な器具を洗う時に様々な消毒薬を使います。

患者さんが使えるように、入り口やトイレに置いたりしているものもあります。

ディスポーザブルなものが増えたので、消毒薬の登場頻度は下がってきています。

開業する前から、開業したあとも、さまざまなメディアの方に医療的情報をお伝えしてきました。

スッキリ!のスタッフさんと界面活性剤の時には、濃度を変えて実際に泡が消えるまでの時間を調べたりしました。大竹真さんと一緒にクリニックの点滴を使って実験した風景を鮮やかに憶えています。

点滴のシールのされかたなどは、私たちにはなじみ深いけれども、普通目にしないものなので色々尋ねられたことにお答えしました。

たまたま、長谷川先生が外来に来てくださっていたので、少しだけ時間を割いてその時には判らなかったことを、実験して確かめました。

アニサキスのいろいろなども。救急で消化器の先生と一緒に胃から抜いたりしました。患者さんも痛いけれど、アニサキスも宿主が違って勝手がわからず猛進してしまっているので彼らもきっとつらいのだと思います。

ZEROの小正裕佳子さんが、クリニックにいらしたこともありました。
BS日テレに出演するためにスタジオに伺ったときには、打ち合わせ場所まで下りてきてくださいました。なつかしい。

ひとつずつ、ゆっくりやっていこうと思っています。

|

山本こたろうさん / コモリウタの作戦会議

Kotarousann2

コモリウタの相談をピアニストの方としました。


本当に人生は、いいものです。いろいろな経験をします。

稲田屋秋葉原で話あった広告系の人々は、もういません。終わった話。

僕は、いつもここにいて、かわらない。
こたろう君は、きっといつも側にいて綺麗な曲をつくってくれるだろう。

新しい未来を僕らが作ろうと思う。

|

2018年7月 7日 (土)

ワダツミの木 / コモリウタ / 草原を渡る風

元ちとせさんのワダツミの木を繰り返し聴いています。


レピッシュの曲も好きでした。

最初のノイズのような声から、リズムやギターが入っていくところ。

僕は無知で、この2つを聴いていたのに、レピッシュの上田現さんがワダツミの木を作ったことに知らなかった。

上田現さんが開業した翌年にシリウスになったことも知らなかった。


僕は、全力で前ばかり見て走りすぎて、沢山のまわりの風景を見ないで来たのかもしれない。

カップ麺と(勝手にネコ缶と呼んでる)魚の缶詰とお魚ソーセージは三種の神器。



今日はピアニストの人に会って、コモリウタを相談する日。

ハナダイロ ハナダイロ
元ちとせ

エピックレコードジャパン  2006-05-09
売り上げランキング : 34938

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
 

ハナダイロのジャケットはとても好きで、しばらく飾っていました。色もデザインも美しい。今は無き青山病院のロッカーの扉の鏡の前。羊のドリーは、大好きな小山田圭吾さんにも似ていて好きな曲。青のレクイエムは、朝に聴いていました。

これからは流れる風景をしっかり見るために速度を落とそうと思う。カップ麺がキチンとふやけるぐらいには。そして僕の周りを美しく流れていく風景を、目に焼き付けるようと思う。

子守歌を作れば、時間はゆったり流れるんじゃないかと思う。時の流れは相対的なもの。

焦点が合わなかった幼子たちが、ぱっちりマナコを開いて刮目したときに、空や雲が見えるようになってきたときに、彼らをやさしく包んでくれる子守歌を作ろうと思う。

元ちとせさんのような、少しハスキーでやさしいけれど物怖じしない強さを秘めた声をゆったりした風が運んでくれることを願って。

大きな樹の間を流れる風が草原の上を上昇するように。

続きを読む "ワダツミの木 / コモリウタ / 草原を渡る風"

|

2018年7月 5日 (木)

花束とマメルリハ / 夜明けを告げる鳥

Mameruriha_000008

荒波を乗り越え、あちらこちらから花を集めてきて羽ばたくマメルリハを描きました。

夜があけて、朝日が昇り始めたところ。翼や体軸のうねりの曲線を描いてみたかったです。

カワイイ実物を触れたりしてゆっくり観察することで、羽や骨の構造が理解できます。

実物はハガキ。励ましたい方がいらして、御描きして差し上げました。

スキャンしてくださったので、少し大きめに印刷してクリニックに飾ろうと思っています。

|

2018年7月 3日 (火)

林修先生の番組 / 今でしょ!講座 / 岡田結実さんの自由度

Imadesyo2

スタジオで収録した「今でしょ!講座」が本日放映されます。

時スタッフの方も助けることができて、時間通りに収録は終わりました。

昨日も別件で、医学的な相談を受けたのですが、造血と血球細胞の破砕など血液細胞の循環からそもそも間違えていました。

別なお問い合わせでは、「脳貧血」は、医学的な病名ではなく市中の言葉であり、それを用いる便利さについてお伝えしました。

僕らは、系統的に医学をまなんでいます。救急診療から在宅まで学んできたし、外来で長年患者さんと一緒に悩んできています。国公立、日赤で生きてきたたたきあげの人間なので、現場で戦う一兵卒として体のしくみについては詳しい。

さらに栄養学を学んできました。管理栄養士さんの先生の仕事が再来週、待っています。名古屋。日本臨床栄養協会の評議として頑張る。

Imadesyo1 クレーンのカメラでアップを撮影されていました。

8カメ(もっと?)もあって、びっくりです。大好きな伊集院さんにも会えました。Qさま。

報道の番組より多くて、力の入ったバラエティの現場にいさせていただいたのは、良い経験になりました。

林先生が、わざわざ黒板までいらして板書を横でみれたことは、財産の一つです。

何かを話しながらも、お邪魔させていただいている客人でもある、不思議な空間でした。
もともと僕は、プレゼンのために文章は書かないので、合っているかも。こういった空間はなじみやすく、楽しかったです。

でも、TVにでるために間違えていることを大きな顔でお話することから逃げ回り、何かをけなしてセンセーションを作ることも避けてきました。
ひな壇からも逃げてきたし、バラエティの監修からも逃げてきました。冷蔵庫にどれだけ入れるか、見てくださいとか。

Syutuennsya 今回は、日本の伝統的な食材や食品を応援する仕事をしてきたのでその延長。

日本の食品管理は結構きちんと管理されています。基本的には食べてはいけない食品が販売されることはありません。

皆様、ありがとうございました。
出演者を記念キャプチャしました。

記録のためにもいいです。

岡田結実さんは、天然ぽい感じで可愛らしかった。
受験を繰り返すと、質問の内容を分析するクセがついてしまう。「種類数」できかれたら「数」で答える必要がある、とか。

思考の自由度を失わせる、訓練による硬直化したクセ。普段は、必要ないクセ。受験の訓練は、悲しさも伴います。

そういったものを打破する新鮮さを感じました。草原を吹き抜けるような風。

Torinouta0 答えが斬新で自由。


数を尋ねると、名詞で答える。ホントにかわいいと思いました。それでいい。

マメルリハに問いかけたときの答えに似ている。

「麻の実はおいしい?」ときくと、こちらを真っ黒な目で見つめて、何かを考えている。でも、彼女(マメルリハ)の脳を占めているのは、きっと僕が予想するような答えではない。

カワイイ。


ヒトって、自由に生きていいんだ、と思いました。

地球の上に自発的に発生した生命である自分は、「生き物の自由」を満喫すべきなんだ、と。

それが、番組で学んだことかもしれません。

|

« 2018年6月 | トップページ | 2018年8月 »