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秋葉原駅クリニック/お仕事

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03.絵/詩/俳句/芸術

2020年1月14日 (火)

白い大きな金魚の絵 / 木造の池を登る

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ゆっくりと、プレコを大きくしたような立派な白い金魚が昇る絵を描きました。

最初、赤いかなとおもうけれど、よく見ると真っ白。
朱、金、黒でニシキゴイのような大きな金魚であることがわかる感じの魚です。

木造の狭い隙間の水の空間からゆっくり木や壁を登っていく。

デジタルで初めて描きました。
まだ勝手がわからないけれど、筆やパレットを洗わなくてよいのは助かります。

なにより、前の絵の具が乾く時間が節約できるので15分ぐらい。サクサクです。

連休中、論文を読みつつデジタルでの絵の書き方やGIFの作り方の基礎も習得しました。
ベクターのアンカーを動かす感覚はちょっと難しいです。

泳いだり走ったりするExだけでなく、プレゼンのスキルをさらに磨いていけそうです。
一つずつ。

2020年1月 3日 (金)

本年度もよろしくお願い申し上げます

Photo_20200103140601

今年の年賀状のデザインです。

活版印刷風にしたくて、少し工夫しました。
謹賀新年の金文字はうっすら。

差し上げた方々にたくさんの金色の星がふりますように、と思ってお描きしました。

本をたくさん読み、運動をして、来年のプレゼンの準備をしています。

クリニックの整備も行なっています。

本年度もよろしくお願い申し上げます。

2019年12月27日 (金)

花の詩 / 透明な音を聴く

風と花

透明な空のかなた 冷たい空に鳥が舞う

列車の扉がうごき 朝陽にホコリが舞う

カゼの流れは そこにある

でも、僕には
それを見ることができなかった

 

君が思っていることも君の言葉も 風のよう

君が感じることも君のぬくもりも 風のよう

確かにそこに存在したはずなのに

感覚が盲目で すりぬけて

僕はそれを見ることができなかった

 

風に流されていった君の白い吐息

大切な記憶すらあいまいになる

存在の記憶すらあいまいになる

グレー色にあいまいになる

 

ああ、 花が揺れている

風に吹かれてゆれている

僕はぼんやり眺めている

君といた夕暮れ

 

君が感じていたこと、君が思っていたこと

僕は見ることができなかった

 

揺れる花をみて

見えない風を感じればよかったと

手遅れながら気がついたんだ

 

僕は、君の髪をゆらす

風を聴くだけでよかったのに

 

ただ斜めに差し込む夕陽が

澄んだ瞳のとび色を染めていた

僕はわがままな感傷にひたっていた
自分勝手にそうしていただけだった

君を輝く風の中にとり残したまま

 

揺れる花を手掛かりに

透明な君の風をよむことができたなら

僕らはもっと理解しあえた

 

揺れる花をみて

風向きに気がつきさえすればよかったと

手遅れながら気がついたんだ

 

僕は、君の髪をゆらす

風の音(ね)を聴くことができなかった

その痛み

そのうずき

その存在 

それだけは失われないと信じたい

 

手遅れながら気がついたんだ  

揺れる花をみて

どんな時間もそれ自体が輝きだったこと

風の音を見つけさえすればよかったと

                        (lyrics by 優仁)

 

 

今週は、偶然花の名前がつくかたが数名良くなって来院された週でした。

花の詩を編んでみました。
かわいい曲をおねがいしています。

みんな、自分で考えて自分の足で歩き始めることができました。
よくなって良かったです。

年末年始は、収録に向けてのプレゼンファイル作成とクリニックの作業。

来年も頑張ろう。

2019年6月20日 (木)

シマリスの跳躍 / 夏空 / お薬はミニマムに

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走るリスのような雲。

しっぽがモフモフしている感じがとても可愛らしいです。

Shimarisunochoyaku

絵で描くとこんな感じ。
空き時間にコースターの裏にいたずら書き。
やっぱり“ほほぶくろ”がふくらんでいるのが、いい。

夏が近づいてきています。
沢山の患者さんとお話しながら、一つずつ丁寧に作業する大切さを学んでいます。

抗生物質を使わない大切さをお伝えしたりしています。
耐性菌だけではなく、下痢や腹痛を起こす偽膜性腸炎の発生も避けるべき。

佐々木先生と共に診療を行っていることも、とても心強い。
僕らの処方は、減算処方を基本としていてミニマム。

“次”を相談することで、未来が拓ける。

シマリスの跳躍は、とても小さなもの。
サラブレッドのギャロップとは違う。

けれども、シマリスの小さな瞳には、夏の青空や白い雲が反射しているに違いありません。

その先にあるクルミの木を想像しながら。

2018年7月26日 (木)

いちのゆめ / あおいとりのときいろのてがみ / かなたのほしのともしび / ははのうたとひかりのや

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<一嘉さんに捧ぐ>

僕に伝えられることが、
一つだけある

唄が歌えるようになったら
おかあさんが教えてくれたら
読んでみてほしい

今は
“碧いとりのこもりうた”
に包まれて
眠るあなたに

☆ ☆  ☆

僕の元に、美しい手紙が届けられた

この世界に、
「いちか」さんという生命が生まれた


たった20文字ほど
数バイト単位だけの手紙

わずかな、ノイズの混じるデジタルデータが
紙の端に橙色の糸としてそえられていた

Maemerurihataian 碧い鳥が、数千キロ単位の距離を
運んできてくれた

ラシャ紙に包まれた朱鷺色の手紙に、
まばゆい文字が浮かび上がり
ホログラムのように空間に
輝きながら舞い上がる

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2018年7月 7日 (土)

ワダツミの木 / コモリウタ / 草原を渡る風

元ちとせさんのワダツミの木を繰り返し聴いています。


レピッシュの曲も好きでした。

最初のノイズのような声から、リズムやギターが入っていくところ。

僕は無知で、この2つを聴いていたのに、レピッシュの上田現さんがワダツミの木を作ったことに知らなかった。

上田現さんが開業した翌年にシリウスになったことも知らなかった。


僕は、全力で前ばかり見て走りすぎて、沢山のまわりの風景を見ないで来たのかもしれない。

カップ麺と(勝手にネコ缶と呼んでる)魚の缶詰とお魚ソーセージは三種の神器。



今日はピアニストの人に会って、コモリウタを相談する日。

ハナダイロ ハナダイロ
元ちとせ

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ハナダイロのジャケットはとても好きで、しばらく飾っていました。色もデザインも美しい。今は無き青山病院のロッカーの扉の鏡の前。羊のドリーは、大好きな小山田圭吾さんにも似ていて好きな曲。青のレクイエムは、朝に聴いていました。

これからは流れる風景をしっかり見るために速度を落とそうと思う。カップ麺がキチンとふやけるぐらいには。そして僕の周りを美しく流れていく風景を、目に焼き付けるようと思う。

子守歌を作れば、時間はゆったり流れるんじゃないかと思う。時の流れは相対的なもの。

焦点が合わなかった幼子たちが、ぱっちりマナコを開いて刮目したときに、空や雲が見えるようになってきたときに、彼らをやさしく包んでくれる子守歌を作ろうと思う。

元ちとせさんのような、少しハスキーでやさしいけれど物怖じしない強さを秘めた声をゆったりした風が運んでくれることを願って。

大きな樹の間を流れる風が草原の上を上昇するように。

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2018年5月 5日 (土)

「碧い鳥のうた」 / 歌詞をつくる

散文的な“いちのゆめ”を書いていて、
あおいとりのうた
を書いてみようと思いました。

クリニックには、小さなお子さんをつれたお母さんが、自分のためにいらっしゃいます。

旦那様を心配して、いらした奥様もいました。ほほえましいと思いました。

そういった子供たちに、なにかプレゼントができればいいと思っています。

どの子にも、その子たちが空に撃つことができる
金の矢
を持っています。

彼らが、遊び疲れて、“電池切れ”して眠ってしまったときに
お母さんがうたう詩。

みんなが必要としている間に、
大きくなってしまう前に、作れることを願っています。

2018年4月11日 (水)

夏型カラスアゲハの思い出 / 春型のアモルファス

Photo

かつて、公園をモソモソあるいている大きな幼虫を拾ってきたことがありました。8年前。写真がでてきました。

子供たちが走り回る公園の中央だったので、カラスに食べられたり踏みつけられたりしそうだったので、連れて帰ってきました。

比較的柔らかい柑橘類や山椒の落ち葉を持ち帰り、数日がまんしてもらいました。ホームセンターで柑橘類の苗を購入し、植木鉢の苗木のものを食べてもらいました。

無事、さなぎになり、羽化。

大きなカラスアゲハでした。夏型。小鳥より大きな立派な蝶で、空に舞い上がっていきました。

夏空や陽光あつめ黒揚羽(クロアゲハ) 優仁

思い出して、俳句を詠んでみました。虫眼鏡で光を集めて、紙がだんだん黒くなり煙が出るように、真っ青な空を舞うカラスアゲハは夏の光を一身に集めているように見えたからです。暑かったこともあり、『あつめ』にしました。

懐かしい思い出です。春型のカラスアゲハは、小型だけれども碧いアモルファスが美しい。

2017年9月18日 (月)

RUN-SWIM-RUN / 気温差を走る / ロングスローディスタンス

0918sky

今日は、早朝から走りにでました。
近くの区民体育館が、トレーニングジムもプールも満員だったため家に引き返し、スイムウエアを詰め直して日焼け止め。

1−2kmウオーミングアップして、走りに出ました。
思ったよりも暑くて、夏のようでした。

Autum0918 ただ、蝉の抜け殻が台風で落ちていて、もう蝉の鳴き声はありません。夏では無い。残されたのは光だけ。生き物の気配が過ぎ去る。
鎮まりて空蝉射貫く光粒のみ満つ   優仁

冬男先生の指導を思いだしながら、走りながら俳句を久しぶりに詠みました。
このように気温が乱高下すると、台風が通過中の気温低下時には喘息や神経痛が悪化し、今日のような暑い日には頭痛が増えたりします。

ニュースウオッチ9さんも小児科さんに取材にいらっしゃり、気温変化を主として取り上げていらっしゃいました。医学的に正しい。

0918sky2 たぶん、明日の診療では今日の気温上昇で頭痛になった方とお会いすることになるとおもっています。気圧は高くても。ちょうど月経周期と重なってしまった方などは、辛かったかもしれません。

プールに到着し、2000mSWIM。その後、雲の陰を追いかけるように走り続けていきました。助かった。全行程3−4時間。long slow distance。

Oldnavy0918_2 今は無き、OLDNAVYのコンプレッション。昨日の筋トレと12Kmランの影響で少し疲れていたのも有り、太もものコンプレッションが今日は心地よかった。BBRのアスレタの短パンも助けてくれました。

久しぶりに、RUN-SWIMーRUNができたことにほっとしています。ここのところ、体育館での運動が

0918nightsky 今日の未明、ギリギリの上弦の月が風の向こうに見えました。今夜はほぼ新月。
美しい夜空の雲です。

連休中もクリニックで、仕事を続けました。深層NEWSのプロデューサーさんからもお便りを頂戴して、チョットうれしかった。京都に8時間だけ滞在して発表、新聞のオメガ3の取材などが予定されています。

明日からも一歩ずつ。

2016年9月18日 (日)

セミの声が終わるとき / 燦と星そらに咲きみだれ冬の月

Cicada09f

なきがらや 自らを重ね 蝉謳う
手水場(ちょうずば)に わずかに波紋 蝉や堕つ
蝉の声 樹々に染み入り 苔光る
       優仁

夏の間鳴いていて、夏の終わりに最大限謳っていたセミたちが境内に亡骸となり落ちていました。

蝉の声は、自分が生きていてパートナーを見つけるためです。でも、亡骸が目立つようになったときには、同時に自分の未来を見つめて先に滅んでいった仲間たちを謳っているようにも思いました。

力尽きた蝉が鳴きながら落ちるのを見たこともあります。真夏の手水場の透明な水面に波紋が広がるように思いました。

Cicada09s 亡骸は無駄にはならない。蟻の冬のえさとなり、一部はクマムシなどが分解し樹々にもどります。その樹々の樹液は、幼虫たちを地中で育みます。輪廻転生。達磨大師の描く円のことわりの一つ。

蝉の声は、樹々に染み入り刻み込まれ、未来のセミたちの瞳に映る。その時、過去のセミたちはいなくなったとしても。雨上がりの樹々には碧々とした苔が。彼らは蝉を見続けた証人。

私に俳句を教えてくれた冬男先生への追悼文を読み返していました。追悼句には、冬男先生の冬を入れ、先生の業績を星として讃えました。先生には、

白鳥の夜は月光の芯となる

という代表句があります。

『宇咲冬男先生が残していった光り輝く宇宙
 今日は澄んだ空気に鮮やかな月光が降りそそいでいる。私は今、涙をこらえてこの文章をしたためている。約ひと月前、宇咲冬男先生の訃報に触れた日も、先生の代表句のように白鳥を輝かせんとする月光の美しい日だった。』

懐かしい。『あした』の会への文章だったため、あした、という言葉で終わらせました。

僕は訓練を重ね、ライターさんを凌駕する文章を打つことができるようになりました。取材記事を字数を変えずにリファインすると、そのまま掲載されるようになりました。すごいな、と思うライターさんは一握りしかいらっしゃいません。

筋トレと一緒で、自分への厳しさと鍛え方が足りない。今も、冴えない文章の贅肉を落として磨いて輝きを放つよう直しています。なぜライターの文章は、散文化してしまうんだろう。意識が散漫で冗長。それでいて、必要で簡潔な文章が杭打ちされていない。それが仕事でしょうに。

自分の中にコンテンツはある。蝉は落ちるまで精一杯生き続けていました。蝉に恥ずかしくない人生を。全力で一つずつ。

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