脊髄小脳変性症・フィードフォワード
小脳の働きの二つ目のお話です。
小脳には、反対の(相反した)運動を素早く行うという大切な働きがありました。
これが一つめ。
もう一つの大切な働き、それが距離の測定と無駄をなくす(フィードフォワード)です。
私たちは、机の上にあるコップを取って水を飲むとき(簡単に言いますと)、
机の上のコップの位置を見て、
手を伸ばし、
手を開き、
コップをつかみ、
口まで持ってきます。
この動作の間小脳はフル回転です。
まず手を伸ばして、きちんとコップの所に届くようにする。
一見簡単なようですが、体の位置や、コップの位置で、微妙に体の各パーツの動かし方が違います。コップの位置も全く違うでしょう。
一定の距離の場所に自分の体を移動させる。
その難しい仕事のキーワードになるのが、距離の予測とフィードフォワードです。
フィードバックと言う言葉は、既に起きた過去の出来事(運動)を振り返り、次の運動に修正を加えると言うことです。
でもそれでは、いくら小脳をフル回転しても、結局現在の運動に誤りが含まれる事になります。
動作も遅れたり、行き過ぎたり不足したりします。
いつまで経っても正しい動作ができません。
そのためには、現在の運動状況から、あらかじめ望むべき運動を予測し、修正を加え、現在の運動を最適化していく必要があります。
最適な動作を予想して運動することがどうしても必要なのです。
練習で自転車が乗れるようになるのも、サーフィンできるようになるのもこのフィードフォワード機能を鍛えて、素早く体をそれぞれの運動に最適化できるようになるからなのです。
人生を振り返ると、立ち上がって歩き始めたころから、小脳はフル回転を始めていたのです。
それが小脳のフィードフォワード機能なのです。
素早くなめらかに動作を行うためには、距離をうまく予測することと、自分の体に加えた力で体がどのように動くか予測していく必要があります。
イチローがヒットを量産できるのも、タイガーウッズがナイスショットできるのも、ナカタがミラクルシュートできるのも、フィードフォワードのおかげなのです。
バットやクラブ、足を動かし始めてから、その運動をフィードバックして修正していたら間に合いません。(実はフィードバック機能も働いているのですが、ここでは省きます。)
脊髄小脳変性症では、このフィードフォワード機能も障害されてきます。
あらかじめ最適な運動を予測して運動していくことが難しくなるため、
動作の行き過ぎや、素早く運動することができなくなります。
フィードフォワード機能が低下するため、ゆっくり動作し、体の状況を関知し、それを次の動作にフィードバックしなくてはなりません。
これは、大変な作業です。
この運動障害は立つ座る、歩くという粗大な運動から、お話しする、字を書くという細かな動作すべてに及びます。
これは、日常生活の大きな部分に影響を及ぼすことを意味します。
相反する運動が素早く行えなくなり、フィードフォワード機能も衰える。
歩くときには、重心の移動をあらかじめ関知して歩けなくなる上、右、左といった相反した動作も鈍くなるため、千鳥足のような歩き方になっていってしまいます。
こちらに脊髄小脳変性症ではありませんが、小脳症状を来したマウスの足跡があります。(ビタミンE単独欠乏性運動失調症の原因遺伝子α-tocopherol transfer protein (αTTP)の発見と発症機序の研究を参照)
しかも、つまずきやすい。
人間は歩くとき、微妙に倒れながら前に進んでいるのですが、それを素早く制御できなくなるからです。
ですから、予想しないところで転ぶ。
私たちがつまずくのとは全く機序(メカニズム)が違うのです。
とても危険です。
これが脊髄小脳変性症の小脳症状の最もつらい部分なのです。
リハビリテーションを行い、自分の動作の変化を知ってもらうことが大切です。
神経内科とリハビリテーションのユニットの意義は大きい。
小脳症状の調べ方については、また別の機会に。
実は、人の人生もフィードフォワードが必要ではないかと思っています。
最適な物を予測し実現していく。
見えない未来をきちんと予測し、的確に生きていく。
私の人生はフィードバックの方が多かったなあ。
小脳の方がずっと優れたシステムなのに黙って仕事しています。
これで、簡単でしたが、小脳症状の説明を一端終わりにします。
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