谷川俊太郎さんと詩
私は、詩もときどき書くようになりました。
きっかけは、患者さんを看取ったときに浮かんだ言葉をつづった詩が、谷川俊太郎さんのコンクールに入賞したことです。
患者さんを病院からお見送りした朝、丸善書店に行きました。
朝でしたので、朝の様子を写したきれいな写真集をふと手にしました。
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その本からハラリと招待状が落ちたのです。
わたくしはその朝、前夜、必死に蘇生につとめた患者さんの事や戦場のようだった病室の様子を思い出していました。翌朝からは非番でしたが、お見送りまで数時間、病院にとどまる事にしました。
病院の中庭には大きなシイの木があって、私はそこで物思いにふけることが好きでした。
「そういえば、このシイの木を写真に撮ったこと無かったなあ」と思い、医療記録用のカメラで数枚撮影しました。
私は、お見送りした後、谷川俊太郎さんの本、あさ、を買い、家に帰りました。
なにか、無性に詩を初めて書きたくなって、短い言葉をつなげているうちに、詩らしい物ができました。
詩を書き終わり、 あさ をパラパラよんでいると、パラリとチラシが落ちました。
そこには、「朝の詩と写真のコンクール」と書いてありました。
何という偶然!!
さっき、朝の写真をとり、初めて詩を書いたところだったのです。
谷川俊太郎さんとは、山の上ホテルでの石垣りんさんのお別れ会で握手していただいた尊敬する詩人さんです!
颯爽とした、軽快な足取りのすばらしい方でした。
お別れ会での、「僕は君とても仲が良かった。何でも話し合ってきた。でも、君の本当の姿を僕は知らない・・・なぜなら、いつも君は真実を見通すことができた希有な力の持ち主だった。でも現世ではその真実を語ることができなかったからだ・・・」(記憶なので正確ではありません。)
で始まるものすごくかっこいいそして、心にしみいる詩を思い出していました。
男性が女性に読む弔辞では今でも、世界一だと思っています。
人が人をいたわるという真実を、的確な簡潔な言葉でつづることができるという、詩の力を信じた瞬間でした。
なにか、引き寄せられる力を感じ、私はカメラの写真を印刷し、詩をまとめ応募用紙のシールを貼り、お送りいたしました。
選者である、谷川俊太郎さんに、すばらしい弔辞の詩を朗読して頂いたお礼を申し上げるような、また、ご挨拶のお手紙を書くような気持ちでした。
多忙な毎日を過ごしていたある日、出版社さんから書き留めが届きました。
なんと入選してしまったのです!
それから、私は少しずつ、詩を書くようになりました。
また、俳句にも誘われ、楽しむようになりました。
詩を読む事は好きでしたが、
詩や俳句には大きな力が備わっていることを私に教えてくださったのは、谷川俊太郎さんです。
またお会いする時には、きちんとお礼を言いたいと思っています。
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