医師の分布に偏り/考察不足の誤報
医師の分布に偏りがあるという報道がなされました。
労働が『きつい』科から『楽な』科へ沢山の医師が流れているため、産婦人科や小児科医が不足しているという報道です。
そして、それは、『楽な生き方をしたい若者気質のためである』といっています。
はっきりいうと、また新聞による誤報です。
若い医師たちへの取材が全くなされていません。
医師の精神論に持っていって、簡単に片付けたい記者達のミスリードでしょう。
私は多くの研修医の先生方にお会いしますが、そのようなものでは全くありません。
本当に誤報で、こういった記事で片付けてしまうマスコミのメンタリティを疑います。
いつもの事ですが、外科の先生の誤報に引き続き、全くしょうがないものです。
また、きちんと取材していない観念論で片付けたのだと思います。
今の研修医もやる気のある人々の集団であり、どんなに大変でも医師という職業に誇りを持ち、困難な労働条件である事を覚悟している人々だと思っています。
この記事を読むと、『最近の若い医師たちは、昔の医師たちとは異なり、へなちょこな精神構造で、楽したいだけ』というふうに国民はとるでしょう。
本当に困った事です。
昔の医師が若かったときよりも、悪環境である医療システムに入ろうと覚悟して医学部に来ているだけ、実は逆にとても良い気質の人間が集まってきていると思っています。
保健医療医はいくら働いても経済的メリットが無くなり、そういった魅力も激減しました。
ですから、楽したい若者はそもそも医学部を選択しなくなりました。
問題は全く違うところに有ります。
連続で『医療崩壊』の記事で取り上げたように、今の医療システムでは、危険率の高い科ではやむをえない医療事故でも、自分や家族が崩壊してしまう、『逮捕』というものが待っています。
病院は逮捕された医師たちを切り捨てます。
自治体の首長が住民へのスタンドプレーのために医師を訴えた事すらあります。
より良い医療事故解明、解決プログラムの無い日本では、必ず一定の確率で起きてしまう不測の事態が起きる事に医師たちが大きな恐怖を抱いているのです。
医療は魔法ではありません。
沢山の検査機器が合っても、沢山のデータが出たとしても、人体に起きる複雑なトラブルの断片しか知る事ができません。
治療の器具も拙いものしかない。
先日、肺塞栓の治療中の医療事故についてお書きしました。
肺の血管に詰まった血栓を物理的に取り除くという医療行為に使える器具と言うのは、カテーテルと言う道具一つしかありません。
虚血性腸炎を救える道具はありません。
元首相ですら救えません。
このように、医療には限界があり、この限界ぎりぎりの『戦場』で若い医師達もは戦い続けています。
でも、全力で対応しても、どうしても不測の事態が起きる。
治療中に全く別の予測もしなかった重症の病気が静かに併発してくる事もある。
そして、その不測の事態が起きる確率には科によって差がある。
また、連続労働によるミスの起きやすい科もある。
医師数が少なくなり、労働環境はさらに悪化し、
若者達は、その可能性の低い場所へ移動しているだけです。
ですから、そういった科では医師個人の労働単価は下がり、給料は低下しています。
どんなに給料が安くとも、安全にずっと医師として勤め続けられるように願っているだけです。
若者の気質の問題でしょうか?
この記事も全般を良く見ると、「患者一人一人に時間をかけられず、十分な診療ができないのが一番つらい」という医師の話が載っています。
これは、『楽な診療をしたい』ということでは全く有りません。
『患者さん一人ひとりに時間をかける良い診療が許されない環境である』事を嘆いているのです。
その後の『「幸せな職場」求める若手…臨床研修の現実』と言う記事を合わせていくというのは、考察不足としかいえません。
さらに、『訴えられ逮捕される』確率が高い場所へ行くように精神をきたえるべきでしょうか。
『楽な』科への医師が増加すれば、相対的にその科の生活は経済的に苦しくなるでしょう。
たとえそうでも、医師たちはそちらへ流れているのです。
しかも、私は、『楽な』科など今の保険診療の医療システムにはどこにも無いと思っています。
それすら幻想です。
昨日、消化器外科の先生のお父様にお会いしましたが、『うちの息子は着古しのカッコをいつもしていて、給料も20-30万で忙しくて働いていて、それだけじゃ食えないから、寝ないでアルバイトに行っているって言っていた。本当に健康で居てくれるだけでありがたい』とおっしゃっていました。
息子さんは都心で働く若い医師です。
医師はきちんと診療をすれば、どの科でも自分の時間が持てない、精神的緊張の続く重労働の連続だと思っています。
楽な場所などどこにも無く、逃げる事もできない。
医師の分布の偏りの最も大きな問題は、二つだけです。
一つ目は、きちんと寝てきちんと働けるという医師たちが人間らしく生きていける環境。
もう一つは、どんなに全力で治療しても、一定の割合で起きてしまう不測の医療トラブルに対応するシステムの構築です。
いま、そういった医療トラブルに対するシステムの構築が少しずつ進んでいます。
そういった側面が全く欠落したこの記事はとんでもないものです。
きっと、考察の足りない、年齢にしか原因を求められない、おじ様たちがまとめたものでしょう。
眼科の先生のご意見も残念ながら、考察の足りない片手落ちです。
地方の医療に対する考察が圧倒的に不足している。あるいは、記者が故意にこの部分だけを取り上げたのかもしれない。
私は、熱心で優秀な若い医師たちの気質が劣化しているというこの報道を怒りをもって読みました。
皆さんにお伝えしたい事は、こういった精神論で片付けようとする報道があった場合、そんなものでないと思っていただきたいということです。
机で突っ伏して寝てしまっている若い医師たちがきちんと良い医療ができるように環境を整えていってあげたいというのが、私の願いです。
医師の偏在は若い医師の精神論で語れるような単純なものではない事を知っておいて欲しいと思っています。
百歩譲って一因だとしても極僅かなものです。
若い医師たちの精神論だけで片付けているこの記事は、国民の気持ちをミスリードする誤報だと思っています。
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