研修医の頃の辛さと思い出
今夜はブギーバックがKREVAにカバーされていました。
とてもよい、カバーです。
Have a nice day!
KREVA K.OZAWA M.KOSHIMA
ポニーキャニオン 2006-08-02
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この曲は、武蔵野日赤病院時代、当直明けの日勤後みんなで飲みに行った帰り、カラオケで繰り返し朝まで歌った曲です。
電話で呼び出しをしまくって、ストレスフルな人々がひとり、ひとり仕事を終えて、よく集まってきたものです。
静かにあけてくる武蔵境の街の様子を思い浮かべながら、一緒に救急医療に明け暮れた仲間達と夜中中、歌い続けました。
壊れたレコードのように、僕らはうたい続けました。
いろいろなことがありすぎて、歌い続けなければ生きていけなかった。
歌っていないとつぶされそうな感じでした。
新しい知識の勉強、新しい手技の修練、患者さんに苦痛を与えないためのスキルの訓練。
トイレの中でもなり続けるポケベルやピッチ。
皆が帰った医局の片隅の練習の台の上で、独りでいつまでもいつまでも、何回も何回も糸結びの練習をしていた頃を思い出します。
当直ベッドで横になったものの、寝れず、IVH経路になる静脈のイメージトレーニングを繰り返した日々。
挿管を先輩に頼んで挿入させてもらい続けた日々。
その後も輸液の管理、診断のためのデータの確認。
ある程度落ち着いて、交代し、暫しの休息がいただけたときに、気の合った仲間達と良くのみに行きました。
仕事の話は一切しない。
ただひたすら食い、飲み、歌うのです。
歌って、歌って、一丸になり、また働いた。
安普請で突っ伏して寝て、次はまた戦場でした。
何も無く、ひたすら、良い医療者になるためだけをめざして皆がんばっていた。
どの人も、若かった。
あの頃、たぶん僕達は、自分達の体力も含めて、限界に挑戦し続けていたのだと思います。
ビジョンを持ってがんばっている若い先生方を見ると、負けられないな と思います。
曲や匂いというものは、人をタイムマシーンに乗り込ませる力があります。
卵の黄身をつけて食べる、つくねのこげた匂いや線路の音までが蘇りました。
年取っても走り続けていけるなんて、とても良いことです。
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