栄養学の未来 / 肥満の分子生物学
異所性脂肪が炎症を起こすメカニズムは
新しい知見が積み重なっています。
学んだことを忘れないようにまとめておきたいと思います。
東京医科歯科大学の菅波先生のご講演は、
飽和脂肪酸とメタボリックシンドロームについてものでした。
皮下脂肪ではない、内臓脂肪を含めた異所性脂肪は
体に害を与える脂肪組織の性質を持っています。
そのひとつは、慢性的な『炎症』を惹起しているからです。
それでは、なぜ炎症がおきるのでしょう。
脂肪組織は脂肪細胞とその他の組織から出来ています。
特にその中でも重要なのは、マクロファージという細胞です。
マクロファージは要らなくなった細胞を食べてお掃除したりする細胞です。
脂肪を抱え込んでいる脂肪細胞が肥大してくると、
それを取り囲むようなマクロファージが出現してきます。
脂肪細胞を取り囲む王冠のようにみえることからcrown-like structure(CLS)
と呼ばれます。
肥大した脂肪組織の中では、CLSとともに血管新生も行われていて、
脂肪細胞の崩壊と再生のリモデリングが盛んに繰り返されるようになります。
そのメカニズムの一つは、
脂肪細胞が崩壊して放出される飽和脂肪酸がマクロファージに影響して悪玉アディポサイトカインを放出→
さらなる脂肪細胞の肥大→リモデリングによる炎症→
さらなる脂肪組織内の飽和脂肪酸の増大→
という肥大した脂肪組織の中では慢性炎症を継続した悪循環に陥りながら
さらなる肥大が起きていくというメカニズムが働いているらしいことが分かりました。
その中でも重要なのは、TLR4(Toll-like receptor 4)というレセプターを介した、TNFa放出による慢性炎症でした。
もともとTLR4は細菌の細胞膜成分LPSに対するレセプターとしてクローニングされたのですが、脂肪細胞や膵臓β細胞表面にも発現していて、
脂肪細胞の増大やインスリン抵抗性の面からメタボリックシンドロームでも注目されています。
さらに、お話は脂肪組織のマクロファージには古典的なM1Φ(ファージ)だけでなく、M2Φによるものに進んでいきました。
脂肪細胞のリモデリングがどのようように行われているのか、菅波先生のチームはノックアウトマウスを使ってその謎に迫っていきます。
その結果、脂肪組織から放出される飽和脂肪酸が脂肪細胞のTLR4を刺激しているという上述の悪循環の分子生物学的なメカニズムが明らかにされました。
この辺になってくると本当にワクワクします。
生体の謎を解き明かす過程をリアルタイムでうかがって居るような気がしたからです。まさにサイエンスです。
crown-like structureを形成するのは古典的なMIΦですが、肥大した脂肪組織の中にはM2Φというマクロファージも存在しています。
M2Φは火消し役のマクロファージで、運動などにより活性化することもしられています。どれだけM2Φを増やせるかがこれからの鍵になるでしょう。
肥大した脂肪組織のメカニズムの基礎的な情報を頂いた上で異所性脂肪の話、特にNASH(non-alcoholic steato-hepatitis)へと進んで行きました。NASHにおいても慢性炎症が重要だからです。
C型慢性肝炎同様、NASHも慢性炎症を繰り返しながら発がん性を持つことが知られているからです。
作成されたメラノコルチンのレセプター(MC4R )欠損マウスでは、
高脂肪食の負荷をかけると、脂肪肝の組織内で強い炎症が起き、ガンを発症することが確かめられました。
脳から分泌されるメラノコルチンのレセプターMC4Rの異常がレプチンの異常とともに脂肪細胞増大をきたす肥満の原因であることは報告されていました。その先に行く研究です。
脂肪細胞をコントロールしているのは脳かもしれません。
神経内科医がメタボを治すというのも的外れではなかったようです。
今、著している代謝病の本は『脳がメタボを治す』という見地から書いたものです。
菅波先生のお話は、Mincle(macrophage-inducible C-type lectin)へと続きました。“ミンクル”とはかわいい名前です。
肥満になると、mincleは増加します。mincleの遺伝子をknockoutするとNASHが改善したり、糖代謝が改善したりします。
そして、mincleが脂肪組織内のマクロファージに発現し線維化を促進していることが分かりました。
NASHの二つの重要なファクター、炎症と線維化。MC4Rが炎症を起こし、mincleの発現増加が線維化を促進しているメカニズムが明らかにされたわけです。素晴らしい。
菅波先生の講演会は、脂肪細胞内に放出される脂肪細胞からの飽和脂肪酸が脂肪細胞自体に影響を与え、脂肪組織の増大を促し状況を悪化させる事から始まりました。
そして、組織内のマクロファージが重要であることに話が移り、
異所性脂肪の疾患の代表であるNASHのモデルマウスを使った分子生物学へと話が進んでいたことがわかります。
そこで、ω3脂肪酸をずっと追いかけてきた私はお話を聞いていて感じていたことを質問しました。
「脂肪組織内での悪循環のトリガーを引くのは脂肪細胞から放出される、飽和脂肪酸とのことだけれども、食事やサプリメントとして追加摂取したω3のような不飽和脂肪酸 は その悪循環を断ち切る力があるのでしょうか?」
先生の答えはこうでした。
「まだ確かめられていないけれども、ω3豊富な食事は体重を減らすかもしれないし、ω3レセプターを介して体重が減るかもしれない。(たぶんGPR120を介したメカニズムを指したものだと思います。)こういった体重減少を介するものとともに、まだ確かめられていないけれども脂肪組織内での拮抗作用の2系統が予想される。」とのことです。
今後、マウスと人の種差が重要であることで講演会をまとめられていました。
創薬の本でもおかきしましたが、これほど広く使われているスタチンもマウスでは効果なく、トリで確かめられ命拾いしたお薬でした。
分子生物学的見地からみた脂肪組織内のメカニズムを俯瞰することができた講演会でした。
ω3についての疫学的なお話しでは、既に高齢な日本人はω3を十分摂取しているがさらに摂取することで2次予防につながること、摂取不十分な若者は摂取する必要があることが示されました。
日本人は魚を平均すると高齢者は100g、若者30g食べているそうです。
イタリアのGISSIや日本の有名なJERISといった介入試験に基づいたものでした。
心筋梗塞の死亡率では、日本は健闘していて、
イタリアもヨーロッパの中ではとても優秀であることが知られています。
これは、PUFAの摂取率の重要性をしめしています。
また、オリーブオイルでは、オイルの組成だけでなく含まれるフラボノイドが重要であることにも触れられていました。
提唱しているLCMDにつながる話でした。
また、トランス脂肪酸のリスクでは、危険あるなら制御どうするかというお話しでした。
トランス脂肪酸は、二重結合を水素化していますが、その一ヶ所異なるだけで融点などの物理性質も変わります。
ヤギや牛の腸内細菌もリノール酸をトランス化するので天然にも微量含まれています。食品としては、マーガリン ショートニングに多く含まれますが、味覚を良くする利点もあります。
リスクとしては、様々な疾患が挙げられているけれども一番は冠動脈疾患と糖尿病についてで、その他の疾患には信頼できる報告はほとんど無いとのことでした。
トランス脂肪酸はLDLを上昇させ、冠動脈疾患を増加させるけれども、トランス脂肪酸の日本人の摂取量は少ないそうです。
報告されている全てのトランス脂肪酸の介入試験は欧米の結果であって、日本人のものはなく、日本ではエネルギー比0.7%に過ぎない。
ハンバーガーとピザに多く含まれるので、それらを大量に食べていなければたぶん問題ないレベルであること。
なんといってもトランス脂肪酸と一緒に摂取する脂肪酸が重要であって、特にリノール酸が重要。エネルギー比6%以上のリノール酸を摂取していれば問題ないだろうとのこと。
トランス脂肪酸の工業品と天然物に差があるかということは面白い話題でした。
各種脂肪酸を水素化して作るトランス脂肪酸は、ともすると工業品が単一のトランス脂肪酸が多いように思いますが、実は天然物は細菌が作り出すパクセン酸の単一成分が多く含まれています。
天然物の異生体はカナダなど酪農国では含めない動きもあるけれども、天然型トランス脂肪酸も大量なら悪影響があることがしられていて、リスクはたぶん区別できない。
そして、まだどのトランス脂肪酸が冠動脈疾患を増加させる「主犯」か不明。
現状では、ヨーロッパのマーガリンにはトランス脂肪酸はほとんどなくなり、日本のドーナツでも減っているけれども、それとトレードオフするように飽和脂肪酸の増加をもたらしてしまっている。
少量のトランス脂肪酸は、きっと危険ではないがリスクを完全には否定できない以上、規制の必要性があって、含量規制と表示義務がひつようだろう。トランス脂肪酸、飽和脂肪酸、コレステロール量は任意表示になっているが、今後、義務化されていく方向にすすんでいる。
ただ、現実問題として天然物にも含まれているため完全に取り除くことは不可能で有ることを知っておくべき。価格の上昇につながるだろうとのことでした。
松澤先生からは、アディポサイトカインと健康についてのおはなしでした。
世界の人口を100人とすると、54人がアジアンで、50人が栄養失調になる。
沖縄男性の寿命下がってしまう沖縄クライシスと呼ばれる減少があり、その原因は食生活と車による運動不足と言われている。
BMI 30 以上を肥満とすると、アメリカは肥満の津波といわれていて40%以上になってしまっている。このアメリカ食が沖縄の男性をクライシスに導いた。
日本では男性の肥満が増加しているが、女性は大丈夫。
肥満の津波に襲われている米国と日本では実は、糖尿病の発症率変わらないことのは驚きで、日本人はたぶん軽度の肥満でも糖尿病を発症しやすい。
つまり、太る程度だけが糖尿病に関わる訳ではなく、皮下脂肪豊かな女性は健康的なことをルノワールの絵を用いて説明されました。
脂肪組織の性質の違いが重要で男性が増えるのは内蔵脂肪、女性は皮下脂肪。内蔵脂肪が良くない影響を持ち、インスリン抵抗性や睡眠時無呼吸と直結している。
皮下脂肪は疾患につながらない。
尼崎と大阪大学 内蔵脂肪減るとリスク減り冠動脈疾患がほとんど起きないことが判明し、内臓脂肪を元にした保健の重要性が明らかになった(viceral fat base 2011universal healthcare in Japan Lancet)。
ここから、血圧や血糖値の数字を下げようという数字会わせの対症療法でなく原因療法が重要であることに目を向ける必要性が浮上し、「メタボリックシンドローム」という名前をつけた。
内臓脂肪の量がリスクであるならば、脂肪細胞が何かをしている事がよそうされたけれど、脂肪細胞は培養できなかった。そこで、大阪大学が脂肪細胞をランダムシークエンスしてゲノム分析したところ、分泌タンパクが異常に多かった。
特に、Pai1やTNFaといった動脈硬化や血栓と関係する遺伝子が豊富に発現していた。
そこからアディポネクチンが発見された。アディポネクチンは、血液中にμg/mlの単位で存在していて、Pai-1の ng/mlとは桁違いに存在している。
毛細血管は脂肪細胞を取り巻いていて、アディポネクチンはそこへ放出されインスリン抵抗性も心筋梗塞も減らしている。どうやら菅波先生の講演会に登場したマクロファージの活性も落としているらしい。
アディポネクチンは消防隊ともいえる。
そこで、ノックアウトマウスを作ったがそのままではなにもおきなかった。ところが、高脂肪食、高食塩食でメタボリックシンドロームを発症した。高線維化食でNASHも発症した。
アディポサイエンスは今後マーカーになっていくだろう。相撲とりのような運動している肥満者はCTを撮影すると皮下脂肪がメインで内蔵脂肪は少ない。
運動はPai-1を低下させ、アディポネクチンを上げる。
食べ物としては、大豆タンパク良いかもしれない。昭和9年の主婦の友の食事をみると、魚と大豆が豊富だった。
喫煙は速やかにアディポネクチン低下させ、メタボリックシンドロームを悪化させてしまうとのことでした。
それでは、アディポネクチンを上昇させる薬物治療が考えられるけれども、血液中に存在する量が多いためさらなる補完はきっと難しいだろうと。
私は、肥満者ではレプチンが溢れていてレプチン抵抗性に陥っていて、レプチン補完では治療につながらなかったことを思い出していました。
アディポネクチンを作らせる方向に治療方法は進んでいて、ARBなどアディポネクチンを上昇さる薬が開発されるだろう。
日本の食文化は、長続きする解決する方法になるだろうとのことでした。
それを受けて、講演後、細谷先生は熱心に松澤先生に力説されていました。
それは、
「いまだに、カロリーベースの炭水化物、脂質、タンパクなんてやっている場合じゃないだろう。日本は、先進国だ。日本食をneutrient、栄養素の面からエレメントに分解して、体の中で何をしているかを明らかにする必要がある。そして、その面から世界に打って出る必要があって、松澤先生のアディポサイトカインはブレークスルーになるだろう。それは国家プロジェクトとして進めるべきだ。グローバルな視点からの新しい栄養管理が必要だろう。」
ということでした。私の初めての細谷先生体験は、この強烈なメッセージからはじまったのでした。
私の脳の中で、
栄養失調から離脱するときに重要だった「食品・栄養」の概念と、現在の日本が置かれている食事で重要な「栄養素neutrient」をしっかりを分けてくれたのは、
細谷先生のご本でした。
その先生が力説されている現場に遭遇し、本当にすばらしかった。
その後、管理栄養学150年の歴史についてのお話がつづきました。
細谷先生は最後に再度同じことを力説されていました。
生体内で働くエレメントに食事に含まれている成分を分解すれば、食事から取ろうとサプリメントで摂ろうと区別はありません。ですから、グローバルな視点からみると健康食品や機能性食品と呼ばれるものは、日本以外には存在しない。
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栄養学の真実はそこにあり、未来はそこにあるだろうと信じています。
サイエンスが未来を開きます。
これからの栄養管理に携わる人々はカロリーや食品分類を基礎として、さらに分子生物学を理解すべきであることを指し示しています。
それがヒトのからだのなかでin vitroで証明できない、健康食品や機能性食品は今後通用しない。
逆に証明されている日本食やアディポサイトカインの概念は世界に打って出るべきであることを示しています。
最後の150年を振り返るというセッションは、回顧的側面が強調され、その面からは少し物足りないものでした。
脳が筋肉も脂肪組織もコントロールしていることが、交感神経だけでなくメラノコルチンやレプチンなどの脳が作り出す液性因子を通して、分子生物学的に証明されつつあります。
今回、基礎医学への理解が深い神経内科医が、メタボリックシンドロームを治療していくというアドバンテージを感じました。その面から新書を著して間違ってなかったととの思いを強くしました。
いつの日か、脳が支配する脂肪組織の分子生物学を分かりやすく説明する本を著せたなら、未来を切り開く一冊を作ることができるのではないかという気がしました。
イタリアンのシェフとレシピを作るという現実的な作業の中でも、分子生物学的な視点は忘れない。
時代は急速に進歩しています。
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