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一緒に見ている映画は、なんとSCARFACE。このころのミッシェルファイファーは、美しい。
今日の午前は、つかの間の休息。午後は栄養協会の会議。
マメルリハは、氷が好きみたいです。
コップの横から眺めてグルグル回っていました。時々カジカジ。マメルリハが飲んでも大丈夫な水のみにして、氷入れてあげました。
もともとは、熱帯の鳥なのに不思議。外で、鳥が鳴くと振り向く。
羽とはねの間の尾羽の根元がコバルトブルーに。
碧の鳥ですが、所々に美しい青色が配色されています。
女子なのに、自分の名前を話すようになりました。
気に入った物事があると、連呼する。
隙間を縫って、部屋の中を自由に高速で滑空する。
マットに輝くコバルトブルーは、鱗粉のような透明な物質の回折現象というより、碧い物質が羽に蓄積しているように思う。
栄養協会のお仕事は、手元にあるたった一つ残った役職なので、頑張って会議に行こうと思っています。
陽の光のもとでは、青色が更に鮮やか。今日も生き残って、美しい羽の色を見れる30分ぐらいの時間が豊かに感じます。
文藝春秋ムックの掲載誌がとどきました。
しっかり取材され、おもしろ記事にしあがっています。忙しくても頑張って医学校正も行いました。
幾つか信頼できるやり取りをして、綺麗な文章にまとまっています。
遠くに引っ越された方が今日見えられて、〝ここのクリニックの先生の話は信用できるから、また来ます〟とおっしゃって下さいました。
山田先生が調べてくださった患者さんに、大きな病気が見つかり大学病院へ紹介することができました。
良い連携が取れた日でした。
カラスアゲハも元気で過ごしています。先生と一緒に映ってもらいました。
every little thing のFragileを繰り返し聴いています。
いい歌詞。
〝傷つけあう日もあるけれども
「いっしょにいたい」とそう思えることが
まだ知らない明日へと つながってゆくよ〟
どんどん、若者は新しい世界を作っていっている。不確定の未来を信じる。変化の中にしか豊かな未来は無い。それを謳っている。
米津さんのLEMONは、レモンの香りの中に懐かしさと思い出を語る歌。未来は若者の中にしかない。
すべての男は消耗品である。 | |
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クリニックはとても忙しい。
忙しいと逆に、反省したり患者さんに謝りつづけるから色々な事を考える。クリニックや自分が存在していいのかどうかも考える。
そもそも医療機関は人々のためにある。
それなのに、狭い場所での長い待ち時間を強いるということが、良い事なのか。
僕らの医療は、それに見合うものになっているのか・・・
女性の患者さんが多いけれども、彼女たちにはどうみえているのだろう・・・
僕は、ときどき絵を描いたり、文字を打ちたくなる。
懐かしい事を思い出して、文字を打った。
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若い頃読んだ、村上龍さんの本を思い出した。
リオンが色々なことをヴァイオレットに一生懸命語りかける。
彼女は「はい」と答え続ける。具体的な返事はしない。
同級生に悩んでいた女性が、心を強く持ち、障害をかわしつづけて高校に無事入学されました。希望に顔を輝かして来院されました。おめでとう!
希望通り理系にすすむといいかも。海洋生物学から抗がん剤開発をする、科学者になることを勧めてみました。白衣が似合いそうだったから。
彼女は、凜として美しい人。素晴らしい大人になることでしょう。
僕は、女性は素晴らしいと思う。
始めから、どうなるか予想して世界を眺めている。
こどものころから。
女性は、男子も女子も自分から生まれることを当然だとおもっている。家庭を支配しているのも、自分たちの仲間たちなのを知っている。
たとえ子供を持たない人生となっても、世の中のしくみを正確に理解し支配権を持つことには変わらない。
自分のお母さんと〝うま〟が合わなくても、
自分で、僕らよりはるかに沢山の事を学んでいく。
自分に備わった、〝性能〟〝性質〟〝本能〟として
僕は尊敬している。
彼女たちが子供の頃からずっと学び続けてきたこと。
彼らは素晴らしく、寛容なこと。を。
朝一番で、長いお手紙を書きました。
診療をたくましくしてくださっています。頭痛外来も普通にこなしています。長谷川先生は、ちょっとお休み中。
常連さんもほぼ全て彼女たちに診ていただくようになりました。今では、優しくてムラのない丁寧な診療をなさる山田先生の日を選んできてくださる患者様もとても増えました。今日も、彼女のご尽力で患者様が救われました。
個人で始めたクリニックの診療は、個人に依存してしまうとチェック機能が働かなくなったり、「裸の王様化」してしまいます。クリニックの独自ルールができたり、スタッフも「おつぼね」化してしまう。新しいスタッフの交代が順調に行われず、汎用性が失われる。
医師も同様です。大学病院でも診療している複数の若い先生が交代でいらっしゃると、カルテを共通化しているので診療内容も彼らにバレバレです。新しい医療機関で訓練を受けてきた彼らから記載のチェックも入り、切磋琢磨してより良い標準治療を行うことができます。東京医科歯科大学 神経内科医局のご尽力のおかげでもあります。
個人への依存性を減らすことは、クリニックが社会のインフラ化することにも繋がります。14年ほど前の開業時にも同じことを考えていました。個人の名前をクリニック名に入れなかったのは、そのためです。誰がやってもいい。
古い場所にクリニックがあって長谷川先生がいらしたときから2年以上かけて、システムの改革を進めてきました。だいぶ完成にちかづいています。看護師さんも、クリニックのサイトで応募してくださったり、看護協会さんからの紹介で無事交代もして継続しています。それを受けて、クリニックのサイトも改変しました。
ご高齢の方々の地元へのご紹介もほぼ終了しました。長年通院されていたにもかかわらず、お別れをしてしまうのはつらいけれども、患者さんの事を考えると、秋葉原に通院されるのが良いとは思えませんでした。
ポーカーフェースを装っていましたが、皆様とのお別れは、私にも断腸の思いでした。診療終了後に、カルテの記載を読み返して静かに涙を流した日もありました。
また、私が拝見していた芸能人やキャスターなど著明な方は、ほとんど他院に紹介完了いたしました。また、新規のご紹介も辞退し続けてきてきました。申し訳ございませんでした。陳謝申し上げます。
さまざまな私に依存するものを、減らす必要がありました。汎用化できない私個人に依存するものごとは、勝手がわからないため次の世代には重荷になったり、新しい事を始めるための足かせになってしまいます。
近隣のクリニックが破綻して、当院に患者さんが沢山いらしたときにも、患者さんのご希望を伺って、ご紹介を続けました。何通も連日紹介状をお書きしました。私共へ通院先を変えた患者様は、ほんのわずかです。
謙虚に診療を行うクリニック。患者さんに役に立つインフラ。そこに集中してスタッフともども、みんなでシステムを支えています。そして、若い先生のストレスを減らし、お仕事が順調にいくように準備を続けていくのが今の僕の仕事です。
平成30年度の入局説明会が、5月に開催されます。医局説明会でM3やM4、研修医の方々(J1-2)の皆さんにお会いできることを楽しみにしています。教授や医局の先生のためにずっとご尽力申し上げてきました。
若者の中にしか、未来はありません。彼らが自分の意思で、彼らが好きな形の未来をつくっていきます。それは、彼ら自身の世界。
たとえ開業しても医局の一員でありつづけることができる医科歯科の医局の生き方。世の中のインフラとして社会の構成システムの一つとなり、スタッフのひとびとと協力していくことなどを、尋ねられたらお答えしようと思っています。
失敗もよい経験。自分でやらなくては学べません。おせっかいにならないよう、ウザくならないよう、尋ねられたことだけに、応えていこうと思っています。大人は、よく知りもしないのに口をはさんで、ウザくなりがち。
繰り返しになりますが、若者の中にしか未来はありません。若者は、輝きと力強さを増していく生き物です。
彼らのために、僕らが単調でつらい作業を引き受けます。そして守りつづける
マメルリハは、飛ぶのが上手です。
最初、風きり羽を一部分切って飛ばないようにしていました。
羽が生え替わり、だんだん飛べるようになりました。
逃げたりしないので、飛べるままにして〝おいで〟と呼んで運動させています。
28g−29g位で体重も安定しています。
思うところ有り、大きなサテンの布を買うことがあり、広げてマメルリハの遊びどころにしました。
このPCを打っているときも、手の下に潜り込んでいっしょに手伝ってくれています。MacBookを手伝っている。
余りかまわないと、指をカジカジするので時々耳の後ろをつついてどかしています。頭蓋骨の耳に当たるところに突出部分があり、耳孔が空いています。その後ろが好きらしい。
旋回も、空中での減速も、障害物のすり抜けも上手です。
人に話しかけたいときだけ、特別な声で話します。女子なのに。
飛ぶのに逃げないで、人の回りにいる。かまってもらいたい生き物。人なつこく、頭が良い鳥です。
鳥なのに、布の上を全力で走り回っていました。春の風を受けながら。
バイオレットエバーガーデンを休日の朝に見ています。
朝に見るのが、ふさわしい。
ロボットやギミックに頼ること無く、小説のように見させるアニメが増えています。夜に見ていた『Blood+』からは、生きて未来を見るということの大事さを教えてもらいました。
若者が作る文化は、刷新しつつ成長を続けていると思っています。
普通にできそうなことができないこと、そういった事はどの人にも起きる事です。
経験して、初めてできるようになること。それも、どの人も通過していくもの。
そういった事を、自分たちでお金を都合して、自分たちで枠を作って、自分たちのやりたいことをやっていく。リスクテイク。
ネットのオンラインもインフラも、そういった事が一つも無かった僕らの世代。
インフラの整った今。
テクノロジーの進化に適応して若者は、進化していると思っています。古くさくて、非効率的で重たいように見える物が素晴らしい訳ではありません。道具は、人間が使う物であり、進歩するものです。
若者の応援をクリニックでも続けています。監修した〝ゴロ勉〟を理学療法士や作業療法士さんを目指す若者にウサギの絵を描いてサインして差し上げました。
人々は、助け合って暮らして社会を作っています。僕もその片隅に存在したい。
バイオレットは、出張先で人々の心を温めていく。
本人も救われていく。
絵も美しい。
世の中の進化は良いものです。
以前お会いした方からの申し込みで今週、男性むけ週刊誌から脳出血などの取材を受けました。
出来上がった記事は、申し上げたことと異なっている点だけでなく医学的誤りが数多く見受けられました。そのため、診療の中にもかかわらず指定の時間より大幅に早い時間に校正してすぐに返送しました。
ところが、全く校正されていない文章が掲載されているとのことを、忙しい診療中に電話で知らされました。意味が無いので途中で切りました。
私に取材していることになっておりますが、以上のことから、この記事は私とは何ら関係の無いものです。内容も患者さんのモデルケースにも大きな齟齬がございますが、ライターさんの創作によるものです。したがって当方とは全く関係ございません。自分の中でも無かったことにしました。
取材の時間、校正の時間、すべてが無駄になりました。取材費の申し出がありましたが、お断りしました。患者さんに少しお待ちいただいて、校正を急いだことを思い返すと、涙が出るほど悔しい思いです。情けに負けてしまったことを、心から反省しています。
当初、全く修正せずに掲載した経緯を記したお詫びの文章と翌週の訂正をお願いしました。けれども、それも止めました。
こんなことは沢山の取材うけてきたなかで初めて。無かったことにします。とりあえず明記しておきます。
ただ、それだけのこと。
昨日は、週刊誌の古い知り合いの記者さんが取材にいらっしゃいました。
今日は、何通も異動に伴うお知らせを友人の医師たちから連絡を受けました。
カラスアゲハも元気で、少し輝きが増したようです。
落ちたばかりの路上のつつじと、アザミを通勤途中で拾ってきました。
消毒したセッシでセッティングしました。
昨日、高校に無事進学した若者に「生き物がもともと好きだった」という話をしました。
「やりたいことが沢山あって、興味が尽きない」と話していました。
「心から好きなことの軸足は、自然にきまるから、そこからぶれなければ大丈夫」といった会話を重ねました。
折れないで、進学し際すれば、何かに引っかかって大人になりさえすれば、そこでリセットされる。小中高のころ、どんな人だったが、大人になって興味を持つ人はいません。
大人同士は、過去にとらわれず何年も付き合いを重ねていきます。
けれども、未来は子供と若者の中にしか存在しない。
本当は、進学おめでとう、と大喜びしたいところでしたが、診療中はポーカーフェースでいなくてはいけないので、感情をかみしめていました。
折れそうなところを支えて、臨床心理士、薬剤師さん、製薬メーカー、学者・・・いろんな職業についていることを思い返しました。
若者を都心の片隅で支えてきた作業は、悪くなかったな。と蝶のお世話をしながら思い返してました。
新しい未来を踏み出した若者たちに、輝ける未来あれ。
かつて、公園をモソモソあるいている大きな幼虫を拾ってきたことがありました。8年前。写真がでてきました。
子供たちが走り回る公園の中央だったので、カラスに食べられたり踏みつけられたりしそうだったので、連れて帰ってきました。
比較的柔らかい柑橘類や山椒の落ち葉を持ち帰り、数日がまんしてもらいました。ホームセンターで柑橘類の苗を購入し、植木鉢の苗木のものを食べてもらいました。
無事、さなぎになり、羽化。
大きなカラスアゲハでした。夏型。小鳥より大きな立派な蝶で、空に舞い上がっていきました。
夏空や陽光あつめ黒揚羽(クロアゲハ) 優仁
思い出して、俳句を詠んでみました。虫眼鏡で光を集めて、紙がだんだん黒くなり煙が出るように、真っ青な空を舞うカラスアゲハは夏の光を一身に集めているように見えたからです。暑かったこともあり、『あつめ』にしました。
懐かしい思い出です。春型のカラスアゲハは、小型だけれども碧いアモルファスが美しい。
カラスアゲハのお引っ越しです。サナギ用の入れ物はとても小さい。透明なアクリル水槽で観察したかったので、金魚用のものを購入しました。
下の砂利もきっと良い感じになるのでは無いかと思いました。ときおり、川縁で蝶が石にとまって給水するのを見ていたからです。
だいたいのレイアウトを決めて、枯れ枝の長さを調節しました。次に落ちていた椿の花と、柑橘類の落ち葉をメンディングテープで固定。柑橘類の植物に花が咲いて、花粉をつけていると思ってもらえるとよいのですが。
古いラックテックの先を切って、枝をさしこむ台にしました。破って破棄してしまうものの一つ。自分がケガしたときに洗い流せるように、1−2本とってありました。
点滴の使用期限は短くて、常に破棄する物が出てきます。
お引っ越しです。
ビニール袋の中で、小さいケースのふたを開けていらない物をどかす。
次に、ペーパータオルの上に蝶を乗せる。
プラケースを出す。
という手順ですすめました。何が正解かは分からないけれど、カブトムシやクワガタ、カミキリムシのような甲虫とは扱いは違います。
蜂や蝶、バッタのような柔らかい昆虫は、胸を押すことができません。
無事移動してほっとしました。
早速、スポーツ飲料の脱脂綿にとまって休みながら給水してました。
底には、水だけを染みこませたものを置いています。本人の体調にあわせて飲んでくれればいいです。
長ければ一月間、閉鎖空間の温度と湿度、感染の制御をしていこうと思っています。
晴れていたので、鳥かごの掃除をしました。
いつもの三角家は洗ってしまったので、仮の家を作りました。
三角屋根の家。マメルリハが鍵を持って飛んでいる姿を描きました。
走ってばかりいるので、走っている雰囲気も。
メガウイルス(真菌や酵母)予防は、紫外線消毒と腸内免疫。
期限切れの酪酸菌のミヤBMを砕いたものと、納豆を乾燥させて細かくしたものをバードシードにまぜています。
腸内発酵ガスすすみすぎてもよくないので、少量。ミヤは硬い錠剤なので、乳鉢で粉に。薬師(くすし)になったった気分です。粟の表面についていればいいので、混ぜてシェイクしました。
本人も、日光浴させました。工作は、人の心を鎮めます。
時間をみて、お腹のあたりを描いてみようかとおもっています。
レセプトをコンピュータが作っている間、用意した水槽に蝶用の環境をセッティングしました。
クリニックに行く道すがら、野の花をあつめていきました。
柑橘系が植えられている付近の、丸まった落ち葉を集めました。
蝶はつかむと羽が傷みます。また、胸を押すと循環器系に悪影響があり致命的にもなります。
子供の頃に、理科の先生に教わったやりかた。摩擦の少ないビニール袋で運ぶ。つかまれる足場をつくってあげて、その足場を動かすことで移動させました。
子供の頃に好奇心に任せて、色々な事をしました。それを教えてくれた、理科の先生や鳥屋(いまでいう鳥専門のペットショップ)の主人など大人の方々。その知識が、今も生きています。
身近に観察できるようになりました。
部分部分に給水できるポイントを置いています。長く生きてもらいたいので、光は極力減らして行こうと思っています。
水槽が入っていた箱を逆さにかぶせると、カバーになります。黒い模様が入っているので、雄のようです。
クリニックの作業がおわり、そっと持ち上げてみると、スポーツ飲料を染みこませた滅菌脱脂綿にとまっていました。
バタバタ飛んでいなければ、長生きします。
柑橘系の葉の近くで休んでいる彼を眺めながら、子供の頃の経験は大事なんだと思いました。
もう一つ、思ったことは、人間の間で生きすぎているかもしれないと言うこと。携帯PCだけでなくゲームやテレビ、ラジオなどのメディア、本も、人間が作った環境。
人間は、昔、人間以外の自然と長い間接して暮らしていました。マメルリハや蝶、青いベタをお世話することは、人間では無いなにかと向き合う時間なのかもしれないと思いました。
クリニックで、蝶のさなぎを守っていました。
ずっと何か月も動かないし、最近は黒っぽくなってきていて、「ああ失われてしまったんだ」とおもっていました。
ところが、今日、のぞいてみると、なんと羽化していました。
大きな黒い蝶が一頭。
モンシロチョウだと思っていたので、びっくりです。
昨年、蛹の形から、蝶を探したけれど難しかった。
粗大ごみを捨てる門に蛹として付着していて、このままだと扉がぶつかったり、気が付かない人が荷物で押しつぶしてしまう危険な場所。
数日見守っていたのですが、気になってしかたがないので、脱脂綿と無菌培養用の検体容器をもって回収に行きました。
頭部と尾部が糸でつながっていたので、蛹を傷つけないように回収。脱脂綿でくるみ、パタゴニアのリュックのクッションがあるパーティションにいれて、満員の中央線の中を守り抜いてクリニックに到着。アクリルのケースも購入しておきました。
昨年の11月。
クリニックで清潔なペーパータオルの上におきました。横にしていてもよい、と情報をえていました。湿度を保つため、小さな多肉植物を側において、植物やペーパータオルの隅にスポイトで湿度を与えることにしました。
生きていると少し尾を振る、と言われているけれども、ピクリともしませんでした。
あれから、半年近く。
羽化したときを思い描いて、羽根を伸ばせる棒をいれたり、蛹に直接水がかからないように湿度をたもったり。スポイトで水を1-2滴多肉植物に与え、ときどき、足場の棒を調節したりしてずっと見守り続けてきました。
昨日、黒くなってきていて、ああ、真菌や寄生生物にやられて傷んでしまったんだ と少し悲しかった。
羽化直前だったことが、今日わかりました。
人命を無視し、生命を生み出す女性をないがしろにしつづける行為に、大きな批判があつまっています。昨日、クリニックにいらした若者と、少し時間があったので、いろいろ話しました。いつの時代か、と。
彼女たちは、自分たちをないがしろにした人々にそっと静かな報復を始めることでしょう。恐ろしい。医療機関では、女医さんと看護師さん女性陣はとても優秀なうえに怖いので、救急でも頑張って仲良く働いてきました。
女性が、命をつなぐことは揺らぎない事実。
命は一つずつ、大切にしなくてはいけない。その原則を外れると、不毛の砂漠しか残らない大地になっていきます。僕は、女性のコンディションを整える外来を行い、未来を作る若者たちを応援してきました。子供とお母さんを守る保育士さんたちも応援してきました。
それが、豊かな未来を拓くと信じていたからです。
大きな黒い蝶。
マメルリハとともに、生き物たちは、「命を守り続けることの意味」を教えてくれます。
様々なものを、昨年末からそぎ落としてきました。
でも、その代わり僕たちは、新しい何かをクリエイティブに何かを生み出していけばよいと考えています。今目の前にはしていない、何か。美しい黒い羽根も、今日までは目の前にいなかった。
そういったことも、小さな命の結晶である蝶が教えてくれます。
検尿用の紙カップにブドウ糖液を薄めて入れて、ペーパータオルを入れました。うまく、吸ってくれることを願っています。生きてくれれば、2-3週、命を共にできる。外に放つには、花がまだ咲いていません。早咲きのタデの花もまだ。目覚めた野鳥のえさになるだけでは、悲しい。
ゆっくりはばたくアモルファスの美しい羽根を、山田先生と眺めていました。
昨日、クリニックに喜納先生という医科歯科の先生が見学に見えられました。
3人目の若者です。戦力になっていただけるよう、私の医療のノウハウを全てお伝えしようと思っています。
すでに、山田先生は大きな戦力。
長谷川先生は、復帰を待っているところです。
同じ日、教授のご許可をいただき、生涯教育委員という役を辞させていただきました。
個人に帰属する役は、後輩に渡すことはできません。
一方で、クリニックが獲得した日赤医療センター、東京医科歯科大学、三井記念病院、九段坂病院などなどの関連病院の資格は、彼らに引き継ぐことができます。
昨年末から私に帰属する様々な役ものを辞して整理しつづけてきて、最後のものとなりました。医学会の理事選があったので、間接的にも他の先生方にご迷惑がかかることを危惧して、今まで待っていました。
私以外は、全国の旧帝国大学や有名大学の教授の先生方という場でした。ご推薦いただいたときにはありがたく拝しましたが、一方で出席するたびいつも申し訳なく感じていました。私がいるような場ではなかったからです。私は、偉い先生と仕事を一緒にしたり、システムの上役になっていくような器ではありません。
僕には自分の大きさに合った、目の行き届く仕事だけしかできない。
極力ほかの仕事もそぎおとしています。テレビ映えするもっと立派な先生をご紹介したりしています。栄養のブログも書き終えており、順繰りアップされていき6月で終了。
研修医の始めから救急にいるときも、私は現場の一兵隊として働くよう育てられてきました。また、大学院で研究しているときでも、現場に身を置いてきました。
先日も、日本大学附属病院から外科系の現場の先生が突然いらしてくださいました。救急つながり。現場の医師同士のつながりは、うれしい。
診療後、青い鳥と1日の出来事を話するシンプルな生活に戻ります。彼女は、今、夏の羽毛に着替え中。鳥としてシンプルに生きることだけに専念している彼女からは、たくさんのことを教えてもらっています。
20個以上のコラムを「1週間以内に医学校正してください」みたいな無茶な仕事の指示も、「今日中にお戻しいただけると幸いです」みたいな仕事がやってくることも、もうありません。それぞれ機会を見て、彼らともお別れを告げました。人をつなげる名刺は、お別れを告げるときにも活躍します。
KENIAや鳥の絵のパプアニューギニアのコーヒーをいれながら、早朝、広葉樹チップとバードシードを交換することが一番の喜びです。そぎ落とされたシンプルな生活へ。
一つずつ。
沢山走って、たくさん泳ぎました。
道を走っていると、桜が沢山舞っていました。
道の風がとどまるところには、山のように降り積もっていました。
SALOMONのバッグに上澄みの花びらだけを少し頂いてきました。
朝、5時に集めた花びらを煮沸消毒したら茶色くなってしまったので、走りながら考えました。桜の花びらはフラボノイドが多いので、乾燥してマメルリハのエサに。
桜が舞っていて、その下を走るのはうれしい。到着したプールでは、1000m位泳いだ後、背泳ぎのキックをゆっくりしながら、天窓からさしこむ空の明かりをのんびり見上げていました。
圧や熱の影響、散ってからの時間で茶色くなっていきます。
一度、マメルリハの下に花びらをひいてその上に乗ってもらいました。バサバサとしただけで、全部散ってしまいました。
何回か、繰り返したけれども難しい。
走りながら、考えました。
♢綺麗な花びらを得て、煮沸しないで生を使うこと。
♢花びらを固定する方法が必要。
その2点です。
新鮮な花びらは、走りながら得る事ができました。
花びらの固定。
それは、『舌切り雀』。ここに出てくる『のり』は、デンプンの『のり』。ブドウ糖が分枝しているデンプンを加熱すると、線維が接着性を持つため貼り付ける粘着力を有するようになります。サランラップのファンデルワールス力などとは違う。
マメルリハが口にしても、問題ありません。鳥は、ものすごく肺と腸が弱い。有機溶媒や塩素、フライパンのフッ素樹脂からでるフッ素で致命的になってしまう。
児童クラブで習った、アルコールランプで古いご飯を煮る方法。いらない封筒のクラフト紙を細く切って、煮汁を塗ってセロテープの代わりにしていました。竹ひごをまげて、いらない障子紙とデンプンのりで凧も作った。僕の凧は良く揚がりました。カワイイ女子にプレゼントしたのも良い思い出。
鍋で、凍らせて置いた古いご飯を一握り水を入れて煮立たせました。柔らかくなったところで裏ごし。ご飯自体が接着力が高いので、ざるの下のお米の粒子はくまなく回収。いまでも、フエキ糊はトウモロコのシデンプンだけが原材料。
自分で作るのが大切。
得た花びらを『デンプンのり』で台紙に舞わせる。茶色い花びらはアクセントの物以外は減らして行きました。
一晩、乾燥。
さらにその上に、赤い花びらを置いたバージョンでマメルリハを撮影。
桜のサクライロとマメルリハの碧。脳内に描いた絵が、実現できました。春の温かな電車の中で、シドニアの衛人(もりと)を語れたのは財産。
僕は、自分で工夫した工作をする時間が必要なことが良くわかりました。色とバランス。形や繰り返し、曲線の流れ。
2年に一度の診療報酬体制の改定がありました。その準備や、作業も行いないました。いつも、事務作業はひとりぼっち。エラーがでると、とても時間がかかります。それでも、さみしくなかった。
言葉も形・デザインも一緒だと思いました。明日は、朝走ったあと、診療に向かおうと思っています。
マメルリハと若者に勇気をもらっています。それで戦う。それがカビサシや重力子放射線射出装置。そして、マメルリハの体温。