秋葉原駅クリニック/お仕事

2020年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ
フォト

« 強い国と緑の国・弐 | トップページ | クリニックの窓を開けて診療をつづけております »

2020年3月10日 (火)

わたしたちが見たものをどう感じて、どんな行動をとるかは自分たち次第

小さな石が道におちています。

ジャマだな、とおもって蹴飛ばす人。

またいで行く人。

あるいは、不思議な形の石だな、と拾う人。

ペーパーウエイトにちょうどいいと自分で使う人。

磨いて珍しい石と偽って、売る人。

人それぞれ。

コロナも一緒だとおもう。同じ現象を人々はそれぞれに捉える。

世界中で流行して、医療インフラや公衆衛生がしっかりしていないところで死亡者が少しだけ増えたとき人々は何を思うか。

僕は、こう考える。僕は日本に住んでいるから、日本でどうなるかっていうことを考える。日本の死者数は激増していない。たぶん、検診が発達し肺炎球菌ワクチンも無料接種し保険治療があまねく行われ、糖尿病や吸入ステロイドで老人が治療している日本という環境がポジティブに働いている。治ってる人の方が多いことは報道しないじゃないか、と答弁されるまでになっている。

じゃ、PCR検査はどうする?

その前提で医療機関は、多くの人はどうやら治ってしまうらしいから重症になったらやりましょうと言ったりする。サボタージュしたいわけじゃない。

でも、みんなはモヤモヤする。望んでいることをしてもらえないと人はムッとする。僕だってそうだ。

そして国民は、不安になる。
いったいぜんたい日本は蔓延しているかわからないじゃないか。
周りにうつす可能性がある人を排除できるじゃん、という。
熱が出ている私はどうなんだ?決着をつけて欲しいんだ。

こう考えてみよう。ありうる話だ。PCRをやることにした人の話だ。

あなたは、症状がないけれど不安で検査をしに行った。陽性です。と宣言されたりして、すっきりする。熱もないのに、自分でひきこもる。薬は無い。ただテレビを見て、あー私も陽性とおもう。友達や周りのひとに、私、昨日陽性だったから近くにいたあなたたちもやりなさい、と伝える。周りはどう思うだろう。
それでいい?

じゃ、その後を考える。

2週間引きこもったあなたは職場に行こうとする。陰性化を証明するPCRをやりたいけれど、陰転の確認は自費かもしれない。そもそも、やれないかもしれない。コロナが治ったという証明方法はない。そもそも症状がなかったから、治ったかどうかもわからない。またモヤモヤする。職場に行っても、何となくあなたの傍に人は寄ってこない気がする。検査しなきゃよかった、といっても、陽性だった人という過去は変えられない。コロナは取りつくとヒトの体から出ていかない、とかいう噂話におびえ続ける。

もし検査しないという選択をすれば、2週間の時間とその後の不安からは解放される。
気がつかないで周りにうつしてまわってしまう?じゃ、あなたはだれからもらったの?経路不明の人が多くなっています。症状がないなら免疫力が勝っているわけだし、インフルの時だって症状がなければ、病院に行かないだろうし。カゼの一種なんだから、それでいいという割り切りが現実的。

検査は、治療や有効な行動規範がセットになったときにだけ有効性が発揮されることを、うっかり忘れてしまう。

そう考えると、症状がないのにPCR陽性になる国民を増やしたところで利益はすくないかな、と思う。自然に治る人がほとんどだから、日本の死亡率を下げる働きしかしない。自分で自分にレッテルをはって、自分の周りの信頼関係を壊すことにしかならないかもしれない。

日本の医療機関は、というより医療インフラはお金がかかるからどの国もギリギリで回している。そこに、治療方法もないのに大量の「元気な人」の検査が舞い込むのはとても大変な負担になる。インフルの簡易検査をするのは、治療薬があるからだ。

僕だったら人工呼吸器につながれて必須になったときに初めてPCRやってもらって専用ではない副作用の強い薬でもつかってもらう。というお願いをするだろう。

やったとしても情報が有益でなかったり有効な対策がない検査は、早期にやってもやらなくても一緒だ。コストも人的リソースも使うから、やらない方が経済的だ。どの人も、自分の不安を取り除くPCRをやるために、だれかの診療が遅れたり検査が後回しになるなら避けたいと考えるだろう。

不安な人は、10回も20回もPCRをし続けるかもしれない。そうなったら、やりたい人用に医療機関では無い、PCR専門機関をつくって満足してもらうといいかもしれない。意味ないけど。

人々の暮らしは、信頼関係で成り立っているところが多い。
もし、PCRが様々なものを破壊していってしまうなら、やらない方がいい。自分の不安を取り除こうと思ったら、意図に反して陽性で、誰にも言えないという状況になるかもしれない。

厚労省は、実務者だから攻撃されやすい。彼らは、コロナの治療も継続しつつ既存インフラを破綻させないで頑張っていると思う。こういった問題は、ウイルス学者、公衆衛生の社会学的な人、医療者、官僚といったたくさんの人が落としどころをつくるものだ。僕は、ウイルス感染対策の専門家集団で智慧者たちの専門者会議を信じる。

世界経済を見ていて、おもしろいな、と思う。
こちらに総患者数、治ったひと、亡くなった人が掲載されている。
4000人ぐらいなくなっている。患者数は11万人ぐらいだ。
世界中で日本の中ぐらいの都市のひとがコロナのカゼをひいたことになる。そして、累積の死者数が4000人だ。

日本では、通年でインフルだけでも3000人ぐらいが亡くなる。アフガニスタンの内戦で亡くなる人と同じぐらいでもある。それらが世界経済に与えたインパクトはいかほどだろう。コロナの数をどう感じるかは、その人次第だ。

僕自身は、世界にはひろがっているからパンデミックであるものの、広がる速度は遅いし重症度もとっても少ないと思う。世界経済にインパクトを与えるほどのものでも無いだろう。ファクトをつないでみればみるほど、ナゼこの感染症で株価に影響が及んでいるのかが僕には良くわからない。人的被害は少ないはずだ。インフラのハードウエアにもウイルスは影響与えない。

人間の社会は、概念をもとにした信頼の上に成り立っている。それを毀損して、自滅しているだけにみえる。
人間が、虚構を信じて未来を作り続ける能力が高いのと同じぐらい、虚構で自滅しやすいのかもしれない。

人々のモヤモヤにカタルシスをあたえて不安を増加させる行動は良くないことだろう、と僕は思っている。自分たちの金貨を生むための悪いアジテーションだ。人を責めたって何も生まれない。利益の代わりに生まれるのは多くの人々の不安と荒廃だけだ。

患者さんと話していると、人々はPCRの限界と不利益について理解し始めていると感じている。

こんな時こそ、僕は一つずつ壊れていきそうな人々の間をつないだり不安を取り除いていきたいと思っている。
そういう人生が、みんなもいいんじゃないだろうか。
僕は、目立たなくても正しいことをしていこうと思っている。石を磨いて、宝石と偽って売る仕事はしたくない。

コロナウイルスについては、死者数だけみていればいいです。パラメーターはそれだけ。シンプルに。

騒ぎがおさまるまで、1年ぐらいかかるかもしれない。僕は、その後の事を考えている。

« 強い国と緑の国・弐 | トップページ | クリニックの窓を開けて診療をつづけております »

17.雑言」カテゴリの記事