コロナウイルスの死亡率は医療水準で低下する。子供はかかりにくい。そして大義は無くなってしまった。
コロナウイルスの全貌がみえてきました。
死亡率はやはり医療水準と関係があるようです。WHOの調査報告書です。
日本のような通常の医療水準を準備すると、中国でも致死率が0.7%と大幅に低下することが分析されました。99.3%大丈夫。通念の冬の風の致死率は数%です。身近な毎年のウイルスよりずっと低い。子供の感染者も少なく、強毒ウイルスではありません。
最初から、全部予想されていたこと。
こういった症状がはっきりしない弱ウイルスには「水際」自身が存在しません。
水蒸気のように、霧のように人々にひろがっていく。大抵、具合悪くならなくてわからないからです。
境界がそもそもなかったのです。存在しないものと押し相撲していたわけです。シックスセンスとの会話。
多量のウイルスを密閉した場所で浴びなければ、感染もしなさそうです。
僕は、満員電車でも一貫してノーマスクで過ごして正解でした。
医療水準をキープし、国民の健康を底上げしてきた日本は武漢と同じ状況にはならないと予想していたからです。
もちろん、病院を建築して医療水準が引き上げられた湖北省も今後おなじ徹は踏まないでしょう。同じことは起きない。
「あなたがコロナウイルスCOVID-19で忘れていること / コロナウイルス関連細菌性肺炎の可能性」のエントリで考察していた通りでした。アウトブレイクした場所の環境因子が悪過ぎただけ。僕らは日本に暮らしている。
自分で正しい判断をして、周りと違うことをすると楽に過ごせます。
日曜日のわりには運転免許の更新が空いていてちょっとラッキーかな。くしゃみしている人もいたけど花粉症だろうし、咳は気温差による咳喘息でしょう。いまだと、区民プールとか空いているかも。今月は週末も連休も忙しくて行けていないのがもったいない。
それなのに、それなのに・・・
ものが売り切れるぐらい国民を脅かしたメディアなどのあり方は、今後反省に値します。
僕は国民や患者さんを苦しめるだけの事実と乖離する報道にちょっと怒っていたけれど、原因の分析には興味ありません。
自分の仕事では無いからです。社会学の先生、今年以降の学生さんの考察よろしくお願い申し上げます。良い題材です。
そもそも営利企業である報道(NHKも含む)は国民をパニクらせやすい構造である、という結論では今後の役に立ちません。一人一人の乗車した路線まで調べあげろ、とまで大合唱していました。「あなたがコロナになったら・・・」のエントリにしました。現場を取材した自分たちを含め、潜在的保菌者が大量にいるかもしれないことが予想される今でもメディアはそうおもっているのだろうか。
子供がかかりにくくて通常ウイルスより致死率低い弱毒ウイルスと明らかになってしまったので、学級封鎖の意味は完璧に失われてしまいました。WHOに科学的ファクトを示され、中国にウイルスの疫学を示され、きっと今はノープランになっちゃったじゃないかと思ってます。振り上げておろせない拳の意味のないことに国民が疲弊し、税金が補助につかわれる。
何か騒いでおいて、お金が投入されるというシナリオの読みは当たりました。
キャッシュレス、テレワーク、みんな何だか変です。リアルなものからの離脱は、個々の人間の個性を失わせデータの一つのかけらになってしまうことを警戒しましょう。効率化だけですんで、杞憂で終わればいいんですが。
下手うつと、あなたでなくても良い日がやってきます。人間は歯車以下のコンピュータの指示で行う単純な打ち込み労働者に成り下がる。
大義がないのに社会に残されたリアルな人々が、少ない労働力で働くことを強要される。こんなことの連続です。この虚無。人は、こんなカフカ的な不条理と心に沸き起こる虚無感を経験するたびに大人になっていきます。子供たちも、大人って子供と変わんないんだな、と思っていることでしょう。
その通り!大人は年取った子供に過ぎません。ちょっとマシになりたいんだけれども全部は叶わないというのが人生。カフカ、いいですよ。KING GNUのPrayerXなんて聞きながら読むといいかも。
一部の人が、ものを買うことに走っただけで終わりそうです。たくさんの患者さんとお話しする限り、そのお答えは皆んな頼もしい限りでした。素晴らしい。
全体で見ると、マスクの行列で鼻血を出す喧嘩があっただけで暴動もパニックも起きませんでした。
日本の人々は賢いです。国民が。男女平等、文盲率ほぼゼロ、好きなだけ学べる教育っていいもんです。
僕は、昨日玄米を1kg買いました。白米は売り切れていて玄米3袋だけ売れ残っていたけど、小袋1つでいいです。あとは誰かの分。たなに何もなくなっちゃうなんて、悲しい。こんな物不足、あっという間に回復します。約10日間限定の茶番です。国民の義務の納税、確定申告の日まで。
ひき肉とニラとキャベツと美味しい皮が売れ残っていたので、餃子を作ることにしました。白米がなければバナナや芋食べてればいいです。ずっと体にいい。その場にある物に満足して、笑いながらみんなで食事して楽しく暮らしていければいいです。
無いもの足りないものにフォーカスするんじゃなくて、十分有るんだっていうことに気づく。
それが、こういった時のコツです。
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