秋葉原駅クリニック/お仕事

2020年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ
フォト

10.代謝病 / 栄養運動医療アドバイザー

10.メタボ/低炭水化物オメガ3

2020年6月 1日 (月)

雇用をまもることは、仲間を守ること

Photo_20200601094701

新しい食事メソッドの具体的な作成が進んでいます。

コロナで世の中が止まっていても、診療を続け、負けることなくみんなのためになる計画を進めています。

長寿者の方々が食べている食材や内容が明らかになってきています。

保育園が閉じていて、出産後の栄養士さんが来られなかったのですが、7月か8月からの復帰が決まりました。

診療をつづけ、雇用を守ることを頑張ろうとおもっています。

それは、同じ志の仲間を守ることにもつながります。

一つずつ。

 

追記

というエントリを書いたら、“コロナ陰性を証明しないと働けない”なんていうふざけたことが横行していることが報道されました。

無いことを証明するのは、悪魔がいないことを証明することに近くて不可能。しかも、コロナにかかっていないことを調べる方法も無い。

この行為には、3点で誤りがあります。

 

1.できないことを強要していること

2.いろいろな治癒する感染症を理由に雇用中止を宣告していること

3.潜在的にかかっていても発症しなければ病気ではないこと

 

コロナを人にうつすとか気にしすぎです。こういった発症しない感染症を制御する技術を人間は持ち得ない。初期にPCRを多用して封じ込めても、封じ込めなくても、結果は同じになります。かかる人がかかっていき、流行が収束する。人間がやれることには限りがあります。

治る病気を理由に解雇してはいけないのは、当然の理由。

コロナも日本では、カゼ。発症しなければ疾患ではない。日本からコロナをゼロにしようなんて思わない。コロナを警戒する目的は“重症な人の多発を抑え、医療のひっ迫をなくすこと”だったはずです。

隣の人がコロナでも、自分がコロナでも、発症せず気がつかなければわからない。それは罪じゃない。わからないことが罪なんていうから、みんな心が病んでしまう。病気じゃないなら、放っておけばいいです。元気出しましょう!

もし、微熱なんかじゃなくて肺炎の人が多発したら、その地域でその時考えればいいです。そのマインドセットの変換が必要です。

そういった意味でも、無症状者の多発をクラスターなんて呼んでいるうちは、まだまだです。変に調べて陽性になった人、特に子供なんかはかわいそうです。人間はそんな高尚じゃない。高尚じゃないから、職場であやしいだけで差別されている。そこが判っていない。

きっと日本全国どこでも潜在的に起きていることです。放っておけばいいし、知る必要もない事です。繰り返しますが、知る必要がないことはグレーのまま忘れていけばいいのです。

国民に支持を出す司令塔のコロナ感染対策専門委員会の議事録は終了して破棄され、指示を出した側はすべてを忘れています。もう既に指示の根拠は忘却の彼方になっているのに、国民だけ一生懸命になる必要はありません。

2020年5月30日 (土)

日本ではカゼ・コロナ。連日診療の思い出 その1

Jasmintag

この写真は、東京に自粛要請されていた5月2日のもの。秋葉原から人々が消えた日のものです。
クリニックでは2月、3月、4月、5月の連日、複数医師とスタッフ全員で診療を続けました。時短もしなかった。

開けていて救うことができた「コロナ以外の」たくさんの患者さんたちにお会いできました。それを綴っていこうと思っています。

☆☆☆

アルコールが足りない、マスクが足りない、といわれたころは実費配布をはじめました。お上から禁止されるまで続けました。滅菌された容器にアルコールを分注することまで禁じられ何もできなくなりました。クリーンベンチがないので、分注自体を無菌で行うことができなかったからです。そんな必要ないのに。

規定濃度にならないアルコールが高値でうられていたり、厚労省が医療機関に販売したアルコールさえ低濃度と報道されていたり、マスクが高額で取引されるなか、ささやかな僕らの患者さんを守りたい行動は禁止されていました。

コロナウイルスが空気中に蔓延し、ちょっとでも外出すると僕らが呼吸するたびに肺に入り込んでくるがの如く連日報道がなされていました。大量の空気で希釈されてしまえば、そんなのウソなのですが。

僕は、ファクトに従って行動を続けました。マスクしないで電車に乗り、つり革につかまり、通勤しても発熱もしなかったし、1日として体調はくずさなかった。周りの目が気になり出した4月からマスクするようにしたけれど、「僕も日本人です」というポーズに過ぎませんでした。今でも診療中以外は苦しいから鼻は全出しで、N95(ノーズ95%出し)です。

スタッフみんなも毎日体温を測り続けたけれど、全員平熱をつづけました。怖がるスタッフたちを励ましました。

ほぼ毎日僕は、できるだけ客観的にブログをつづっていきました。連日出てきていた最新情報をプロットすると、日本はNYや武漢にならないことがわかっていました。ワイドショーの話はブラフだったし、日本の学者先生の話も何か違う気がしました。

詳しくは書けないけれど複数の救急の先生からいただいていた状況も、海外の医療崩壊の様相とは程遠いものでした。日本では元気な高齢陽性患者数が多くて疲弊されていたことは、最後まであまり報道されませんでした。大量の感染者用病床を急に作れ、といわれたとまどいも報道されなかった。志高いジャーナリストさんは、現場を正確につたえたけれど。

空き病床をたくさん抱え続け、通常診療を停止したため多くの総合病院は経済的苦境におちいっています。総合病院のことは当事者ではないし伝聞だから、僕は書くつもりはありません。でも、報道されていた姿とは随分違います。最後の方は物理的余裕を語る代わりに、精神論を語り始めたりしていました。

そういったことは思い出として無くなっていく。専門者医委員会の議事録がなかったように、なにもかも記録されずに無くなっていく。人々の記憶が次の出来事で上書きされるまでのうたかた。

☆☆☆

大きな違和感を感じながら、僕らは秋葉原という東京の都心で診療をつづけました。
その日その日ブログをつづり、来院された患者さんやオンラインで診療された患者さんが恐怖にさいなまれないよう励ましてきました。僕は、医療者を応援するのもいいけれど、コロナ報道で恐怖に陥った多くの一般のひとびとを励ますべきだと思ってきました。

それに、日々起きていることはコロナだけじゃなかったはずです。ブログでマイナス検索の仕方を書きました。スーパーから食料品までなくなって、恐怖心にさらに輪をかけました。そして、メディアは自分たちにクラスターしながら何も考えず延々とその画像を流し続けた。

「コロナウイルスが恐ろしいということを伝えたいので、先生は日々どう暮らしているか診療しているか取材させてほしい」なんて依頼もありました。即座に断ったけれど。あるいは、「早晩PCR少ないから日本は崩壊するので、コメントをいただきたい」とか。そんなことしたら、ただでさえ疲弊しつくしていた保健所の方々をさらに窮地に追い込んでしまうのは目に見えていた。

彼らに、お上はPCRの大変な作業をする人々に援軍も送りませんでした。援軍がきたのは、戦場がおちついてからです。ちょうど、キングダムで信がランカイを倒して政のところにたどり着いた頃、王騎の援軍がきたようなもんです。

「歯科診療は危険とおもいませんか?」という依頼もあった。歯科診療は、海外HIV流行の苦い経験から感染予防はほぼ完璧。だから問題ないと一蹴しました。歯科医の先生の努力と誇りを守るのも医師の仕事です。

 

☆☆☆
僕は、数ヶ月のあいだコロナについてブログで違和感をかき続けました。何の力ももたないことはわかっていたけれど、記録にはなるとおもいました。リアルタイムに読んでくださった方もおおいでしょう。ときどき電話でお礼や励ましもいただきました。

今となっては、後出しジャンケンじゃない証明になってよかったです。そんな刺激的な毎日をおくりつつ、僕らクリニックのスタッフは電車通勤して患者さんの診療をしました。「日本じゃカゼ・コロナ」なんていっていいつづている異端の僕を、スタッフは遠い目で眺めていた気がします。でも本当なんだから仕方ない。

数ヶ月、コロナかもしれないという人の不安に応え続けました。
体温計が無いという患者さんには、貸し出しました。
マスクがないという患者さんには、処方箋を送る封筒に同封し続けました。配ってしまうなら、売買ではないから違反ではないと判断しました。
小さなお子さんをお持ちのお母様には、分注しない家庭用アルコールをボトルごとわたしました。それなら、違反ではないし日常使いには十分なはずだから。

ウエルパスという専門的な消毒アルコールをボトルごと宅急便で差し上げたこともありました。良い思い出です。クリニックには消毒用アルコールの一斗缶もあったしマスクも何箱もあって在庫は十分だった。助け合い。

2020年はインフルが流行るとおもうから、10月までワクチンの空白をつくらないようにムダを覚悟でインフルワクチンを買取って備蓄しています。コロナは免疫を下げるみたいなので、帯状疱疹ワクチンとともに。そう言ったベテラン医としての先読みの正しさが、多分患者さんを守る。

☆☆☆
前置きが長くなりました。このコロナ騒動の数ヶ月の間、たくさんの患者さんと一緒に病気と闘いつづけました。数人の方は、専門医療をうけたあと回復されクリニックに再来を続けてくださっています。コロナ騒動の数ヶ月は、それほど長い期間でした。これから、そのいくつかのエピソードをジャスミンの花の写真のタグで綴っていこうと思います。黄色い付箋紙に描いたコロナウイルスの絵のタグではなく。

概念や机上の数値ではなく、僕らが過ごしたリアルな日々。

日々ながされる手を変え品を変えの恐怖をあおる報道は、コロナでは無い重症の疾患から患者さんを守り続ける僕らの背中に放たれる大量の矢のようなものでした。具合悪い患者さんが恐る恐る外出して来院されたりしていました。「300」スリーハンドレッドという映画があります。300人のスパルタン兵に、圧倒的多数のペルシア軍が放つ矢が雨あられのように 天から降り注ぐ映画です。

僕ら複数の医師とスタッフたちは、降り注ぐ矢のなかで診療を続けました。今でもブラフや恐怖を煽る文言の矢がにわか雨のように、パラパラ降ってきます。

数ヶ月のあいだの思い出を数話つづろうとおもいます。コロナは日本ではカゼの流行に過ぎないから、すぐに書ける日がやって来るはずだと思ってメモしていました。僕らのような前線のベテラン医師は、患者さんの論文発表や医学会発表もたくさんしているから患者さんに迷惑かからない思い出をつづる方法を習熟しています。

僕にとっての数ヶ月はコロナ関連じゃないことがたくさんありました。真面目な取材もあったし、新しいものを作ったり、教育用コンテンツの収録もありました。スタジオ収録など3密を気にすることができない状況もありました。コロナウイルスに関連しない建設的な作業を続けました。

noteには、短く詩的につづろうと思う。

僕ら医療者が守るべき患者さんが抱える圧倒的多数の疾患は、一過性流行のカゼ・コロナではなく、これからもカゼ・コロナではありません。

2020年3月21日 (土)

「脳を守る」という軸足

Photo_20200321110201

日本は、油断は禁物だけれどもコロナの騒ぎが一段落しつつあります。今日は、つかのまの休日。これまでの仕事を振り返りつつ、ブログの「秋葉原駅クリニック・お仕事」を整理しました。

「脳を守る」医師になりたいという気持ちで神経内科医を選択しました。当時はMRIも無く、やっとCTの時代。脳に空気をいれる気脳写というものが残存していたりしました。筋肉生検、神経生検を自分で行い、自分で夜中じゅう染色して寝ないで朝プレゼンテーションということが普通でした。今は、きちんと技師さんがサポートしてくださっています。

基礎研究と臨床を並行しておこない、論文をしたためてきました。オーソリティーとリアルなものにこだわって基礎と臨床を行なってきました。論文には査読があります。治療には成績が、出版にはインパクトで評価されます。一つずつ、公平な他者に評価されつつ前に進むという作業を繰り返してきました。

未来はわからないままの、ほふく前進のようなカタツムリのような速度。今もだけれども。

日本各地の医療機関をめぐり医療システムを研究し発表もおこないました。

こどもが医療機関にかかることの怖さを減らす本の依頼を受けて、絵本を描きました。

栄養で脳を守り、薬を減らすということも一貫してやってきました。オメガ3のDHAで脳を守るという仕事は、国際GOEDの会合やDHAラボとして結実しつつ継続しています。地中海食を用いた和食への応用も形になり、続いています。

「栄養を処方する」という理想を掲げ、採算を度外視して管理栄養士さんからの栄養指導をクリニックで続けてきました。管理栄養士さんの教育システムも構築し、臨床栄養協会の理事になりました。

女性たちを苦痛からまもろうと、積極的に頭痛診療をおこなってきました。著書をしたため、国際学会や日本精神神経学会、頭痛学会で発表を重ね、日本全国で医師向けの講演会も行いました。お薬を飲めないときのために、AECウオーターをカンパニーイメージの一つとしていただき採算度外視で継続していただいています。

海外留学のタイミングで、都立病院統廃合のお仕事に就くことになりました。今は亡き新田先生の思い出は2009年にも書かせていただきました。病院ビオトープ構想については、その後反響が大きかった思い出があります。リハビリの先生と論文を書いて、賞をとってくださいました。

薬だけでなく、栄養療法、運動療法、リハビリテーションを統合して、患者さんを治療し、地域医療に大きく貢献したことが出版やBS健康番組につながりました。自分で運動しなくっちゃわからないと思って、運動しているうちに沢山走って泳げるようにもなりました。代謝学の論文も読めるようになりました。訓練。

忙しかったけれど、いつも全力で仕事をしました。万事塞翁が馬、だと思って。お仕事はたくさんいただいたけれど趣旨がちょっと違うタイプの時には「ゴメンナサイ」とお断りしてきました。大切な仕事にリソースを集中してきました。

国家資格を得たいと頑張っている人のために、参考書の監修も継続しています。能力の高い方を世におくりだしつつ、楽しい参考書を安価に出版してベストセラーを続けています。苦しい出版業界の中でも、キチンと良いものを作ることで商業的にも成功するためのシステムづくりをしようと挑戦しつづけています。

患者さんをの守るという軸足のもとに、リアルなものを新しく生み出しつくりだしました。
今もたくさんの人々とお仕事を継続しています。懐かしむだけでなく、その先にやるべきことがたくさんある。

出産後にスタッフが戻られる予定になっています。妊娠出産を経ても、雇用の機会を守り続けるという夢がまたひとつ実現される。

ステルスで作られるフェイクやブラフではなく、こうやって地に足のついた「手触り感のあるリアルなもの」にこだわり続けたいと思っています。世の中、何か仕組みを作って「うまくやろう」とすることは、きっと不可能。キザシにも書きました。

まだまだひよっこ。やらなくっちゃいけないことが沢山あります。小中学生新聞の方や「からだにいいこと」の方にもお話ししました。

サイバー世界の発達で正しい情報が拡散するようになって、皆んなの目も肥えて、かえって世の中が少しずつ職人に有利になってきているのかも。サイバーが発達すると、正反対のリアルが評価されるという不思議。

僕は、地道に人々の健康に貢献できる仕事をしていきたいし、そういう仕事に就きたいと思う人々のお役にたちたいと思っています。何よりも、人を癒す人になりたい。これからも、ずっと。

たまに時間軸で業績をまとめるのも良いかもしれない。

2020年2月18日 (火)

食物せんいを食べて免疫を支えよう / 短鎖脂肪酸のダイエット効果も

Coronavirus-tag

僕は、白米やうどんから玄米や全粒穀物に移行しています。

食物せんいを積極的に摂取する意味を考えての事です。

週末に玄米を炊いて、ジプロックに詰めて冷凍しています。時々オートミール(燕麦(エンバク))を一緒に炊いています。麦類は杯の中にも食物せんいを含んでいます。

以前は、食物せんいは単に腸の掃除にしかならないと思われていましたが、腸内細菌の分解による知見が増えてきたことで色々なことがわかるようになりました。

免疫や短鎖脂肪酸についての知見が知られるようになりました。
菌名は出ていませんが、クロストリジウム・ブチリカムという酪酸菌と思われます。

以前、TVプログラムでプラスミド移動による海藻を分解できる腸内細菌について林修先生と会話したりしました。

海藻は、食物せんいの多い海の植物です。

COVID-19のようなウイルスに打ち勝つには、免疫を整えておくことが大切だと思っています。

麹や乳酸菌、酵母、酪酸菌による漬物や色々なヨーグルト、納豆の枯草菌を食べるようにしています。
腸内で、自分に合った菌がフローラを作ってくれます。

抗生物質はそのバランスを破壊するので控えるべきものです。悪玉菌のクロストリジウム・ディフィシル (Clostridium difficile)が増加してしまいます。

こういう時だからこそ、腸内環境を整える必要があるとおもっています。
ミヤBMを僕が処方するのは、そこに意味があります。以前はヤクルトのビオラクチス散を処方していましたが、製造中止になってしまいました。

生き物であるヒトという生き物である自分を整えて、自然のすそ野で健やかに暮らす。
その工夫が必要だと思っています。

そういった医療を提供していこうと心がけています。

2019年9月 1日 (日)

クリニックのアドバンテージ / メタボリック症候群の取材 / チーム医療の新しい地平へすすむ

尿酸代謝についての取材がありました。

尿酸は、食べ物由来のプリン体や体内のATPや核酸から作られてきます。

そして、便や尿で排泄されます。

排泄する能力は、遺伝的に規定されています。
食べ物での摂取や体内での産生は、いろいろな要因で変化します。
内服薬で上がることもあります。

メイヨークリニックのこちらがまとまっています

患者さんがやってきたら、どうやって対応していくかについてお話ししました。

遺伝的なものを除けば、肥満の改善、アルコールの減量、食事のプリン体を減らす工夫が必要になります。

クリニックには管理栄養士さんがいらっしゃるので、現在の生活環境を詳しく正確にお伺いすることができます。
その上で、その方々にあったアドバイスをするようにしています。

持続可能な、辛くない方法をそれぞれの方に見つけていくことを続けています。

とても手間だけれども、とても大切なこと。
医師の独りよがりにならないで、チームになって相談して治療を進めていきます。

僕はリハビリテーションを担当していたこともあるので、運動のアドバイスも行うことができます。

脳内科+栄養学+運動アドバイザー。

佐々木先生は、アレルギーや免疫の面からアドバイスが行えます。

長年かけて培ってきました。
当たり前のようにみえるけれども、新規に一から揃えるのは難しい。

内服薬を処方して血圧や採血の数字を整えるのは大切なことです。
でも生活習慣を整えて薬を使わなくて済んだり減らせた方が、ずっと美しい方程式。

取材のたくさんの質問に答えつつ、僕は感じていました。

患者さんのためになるために、複数の医師で色々な専門職の人々とチーム医療を行えるようになった喜びと、そのアドバンテージを統合した新しいクリニックの形の片鱗がやっと見えてきたのかもしれないことを。

こういったことは、高尿酸血症だけでなく糖尿病や高血圧にも有効。
認知症のリスクファクターである代謝病にコミットできることは、神経内科として患者さんの脳を守るために大切なことです。糖尿病専門医療機関ではない神経内科クリニックに、管理栄養士さんが在籍しているのはとても珍しいことです。

まだ、新芽にすぎません。時間とともに様々なものは変化していきます。
状況の変化に適応しつつ、新しい地平へどんんどん走り続けられるように頑張っていこうと思っています。

2019年7月19日 (金)

朝のエクササイズと栄養補給 / カフェオレを作る

Cafeaulet0719

夏用にカフェオレcafé au lait をつくっています。

濃い目のドリップコーヒーを少なめに入れて、ミルク多めにしたり練乳を足すとおいしくなります。運動後の糖枯渇時には練乳+が良いかもしれません。

朝、運動していると空腹になってくることが多々あります。
運動強度と時間を順調に上げているところなので、運動部の朝練後の昼休み前のような空腹。

乳製品には、食欲を抑える作用があるので便利です。
ほんの少しタンパク質の補給にもなります。

依頼いただいた本の校正をしつつ、誘われた野球観戦に思いをはせています。

筋トレ&有酸素メニューもバリエーションを整えて、前にすすめています。
自分で行った経験を患者さんに還元しています。

栄養や運動の相談にのれる。
Photo_20190719184501
今日はお子様を懐妊された患者様がいらっしゃり、絵本を差し上げました。うれしいものです。
独身時代から、長年ときどき通院してくださった患者様です。

必要と思われるものを、地道にその時に協力し合える人々と一つずつ形にしていきました。それが予想もしなかったことに、ずっと先の未来いろいろな人のためになる。

懐妊しても大丈夫な薬で頭痛を治療していくことも、その一つ。
絵本の内容を相談して、UNLを使って各国語で文章をそえるのも、その一つ。
頑張って絵も描きました。

クリエイティブな人々と目的のためのチームを形成して、それまで無かったものなどを作る。存在するリアルなものとして、マイルストーンにしていく。

本当に一つずつなんだなぁ、と考えています。

2019年6月27日 (木)

思考の綴り(つづり) / 昼の秋葉原ランニング

20190627d2

昨日は、昼休みが十分とれたので給水のあとクリニックの周りをランニングしました。
暑くて、日差しも強い時間帯。
ハトも陰にかくれています。

20190627

ほとんど人が歩いていない道を選んで進んでいきました。

朝RUNもしていたので少し足に疲労感。でも、明るい昼間を走る爽快感の方がまさっていました。

その日の午前、守護神のような患者様がいらしてくださいました。

僕は、問いかけに応じることで脳内の思考がまとまることをお伝えして、
『思考の綴り(つづり)』ではないだろうか、とお話しました。

手紙をしるしていくとき、考えながらその人なりのリズムで一連の物語を『綴って』いきます。
相補的なDNAが美しらせんを描くように、患者様の問いかけによって、その場に僕の脳の思考による『綴り』がつくられていく・・・

「人に内省をうながす問いの名手ですね」と僕は最大の賛辞をお伝えしました。

誰かに何かを伝えようとするとき、人の脳のなかで何かがまとまる。
それを「綴り」とよぶのが正しいのではないだろうか、と。

綴るのには、時間を有します。だから、時間軸も内包されている。

20190627d

思考の枝別れは無限大だけれども、僕は、どんな綴りになるか、そのベクトルや「目的地」を用意しないようにしています。
オープンに自然の流れに任せる。

そうすれば、その時、自分が何を考えたいのかを知ることができる。

このハトが、どの方向に行くかはハトの気持ち。
ハト自身も予想できない、ハトの気持ち。

「みなさまとお話できる場をつくれたことだけで十分満足しています。
高額なものは、僕はあまり興味ないです。他者との比較のためだけのものは、他者がなければ意味を失うから・・・ 」

そうお話した翌日、旧知の方がおいしい赤福を差し入れしてくださいました。
赤福には松竹梅ないものなぁ・・・と思いつつ。
彼は、縁側で淹れたてのお茶で食べる運動後の赤福のうまさについて、力説されました。
それが「松」。

スタッフと頂き物を分けるのも楽しい。
アレルギーが得意な佐々木欧先生が来てくださり、難しい患者さんは相談して診ていけるのもとても心強い。

複数の医師が確認する作業。
そこにも「思考の綴り」が発生します。

校了まで数時間というコラムのブラッシュアップを20分で仕上げて、今日は昼食。
昨日取材でした。オメガ3の話題。

時間を見つけて走れるコース設定ができたことは、収穫。
夏、走ることを楽しみにしています。

2019年6月23日 (日)

『のほほん解剖学』/ なんと15万部 / おめでとう!

Nohohon

のほほん解剖学(アマゾンへリンク)が15万部を突破したとのお知らせをいただきました。

いっぺんに売れたのではなく、地道に売れ続けて増刷されています。
苦手なものでもわかりやすく、たのしく、実は、それでいて本格的というコンセプトです。

学ぶというのは、相反するものではなく、本来たのしいものです。

それを伝える力を玉先生は、持っています。
今も、監修のお手伝いをつづけています。

医療に携わる人の、一助になりつづけられるよう、一歩ずつ頑張ろうと思っています。

おめでとうございます!

変わらないものなんてないけれども、だからこそ、見えてくる大切なものもあります。

大切なもの。
それは、変化しても変わらない、その人その人の頭で感じたもの。
断片的にでも、様々なことを承知でお話ししてくれた人々の優しさ。

僕は、医師だから患者様をまもるのは当然だ。
同時に、不思議なことに、たくさんの患者様に守られてきた。
もちろん、他の方々も助けてくださった。

どうやら僕は、偶然にもいろいろなことをご説明したり、説明しようとする人を助けることが上手なようだ。
のほほん解剖生理学もその延長線上。

僕は、すでに次の一歩を踏み出せた。

南部さんと取材をうけた、博報堂の『キザシ』を久しぶりに、つらつら読み返していました。

明日からの診療の英気をやしなうために。

2018年7月15日 (日)

栄養相談専門士LENC / 名古屋で講演会 / 管理栄養士の先生となる / 林修宣先生の〝海苔〟

Senbikiya_3 今日は栄養相談専門士の講習会が名古屋で開かれています。
 

僕は手が痛むので、懇親会のあと帰京。林修先生の番組に出演して、〝海苔〟を説明したので、講演会後に海苔の質問が沢山来ました。 


千疋屋のお菓子を買って行きました。
前回は、東京ばなな。もっと前はリサーラ。毎年、工夫しています。

熱中症を救急で診ていたので、電話取材も結構きています。今年は暑い。

仲間は、〝大和田は、ひと月ぐらい海苔だけたべてやせなさい〟と言っています。けど、時間無くてカップラーメンしかたべれないというか、カップ麺も食べれない。


Ryuugumo 名古屋に行く途中で、飛行機雲?竜の雲(勝手につけた名前)が並んでいました。

新幹線に良く乗るけど、初めての風景。

白い帽子を被って海を見つめている横顔を見て、彼女は何を考えているのだろうか?とふと不安に思う気持ちを詠んでみました。

Fujinomizu 日射しがまぶしい。
夏の日射しは、暑いけれども僕は好きです。

夏の君 心に何が 射している 優仁


ふつうは、スペースは空けないけれども、一息ずつ語る感じがいいかもしれない。

女性の脳のマルチタスク処理速度が、シンプルな僕の脳では処理しきれない作業量であることは、ずっと大人になるまでわからないし、そもそも、彼女たちは自分の感性や意識がむいていないものに対しては、シャットダウンしている。

目をあいているけれども、網膜に映る僕ではなく、そのとき自分が大事だとおもうものが脳で処理されている。女性の角膜に自分が映っていても、それは物理的な反射にすぎないのであって、彼女らの心を知ることは永遠にできないだろう。

今なら〝彼女は、海をぼーっと見ているから、覚醒度が落ちているんだろう。α波状態かな〟とか思ってごまかしたりする。大切な事ほど、彼女たちは胸の奥底にしまいこむ。なお不可能。
同じ人間なんだから、男女の差はないと考えながらも、やっぱり違うような・・・ともおもう。

僕は脳の処理速度がさらに低下したおじさんになってしまったから、そんなことは最初からあきらめて、美しくかわいらしい対象物として、遠くから眺めるだけに徹するようにしている。

Nikukyuu 管理栄養士さんのチューターの方や事務局の方に、手のヤケドを説明するために絵を描きました。

テレビでも、雑談で描いた絵が流れたらしいけれど、僕は時間が無くてまだ録画を見れていない。

肉が肉球になって、肉球の煮豚を作ろうとした、と説明しました。

神経内科の先生たちに、栄養の重要性を話してきたけれども、なんで、今ひとつの反響なんだろう。専門医を導きつづける、生涯教育委員でもあったけれど、栄養学までコミットするとこまでいけなかった。

僕らは、認知症を見るから、最大のリスク因子である糖尿病の予防治療にコミットすべきだし、球麻痺や嚥下障害の人のための食事形態がリハビリや在宅に必要。

なんで、栄養学という大切な分野なのに、今ひとつの反応なのだろう。
僕は、胃瘻の英文論文も査読を突破して書いたし、脳に働くオメガ3も頑張ったし、免疫を司る腸管免疫の腸脳相関も脳神経内科だからお話ししてきたし、栄養学の本丸の学会でも働くようになりました。

縦割りでは何も生まれない。一人のひとのなかで、統合されることが重要なんだと思う。
そして、それを若者に引き継ぐのも大切です。

続きを読む "栄養相談専門士LENC / 名古屋で講演会 / 管理栄養士の先生となる / 林修宣先生の〝海苔〟" »

2018年7月14日 (土)

管理栄養士さんの先生になる / 名古屋での講師 /徳州会の坂本先生、岐阜大の堀川先生と

マメルリハの話から、管理栄養士さんのお話をはじめました。
名古屋からの日帰りでも、ブログが打てるなんて素晴らしい。

Nagoyakeizaidaigaku20180714

 

場所は、名古屋経済大学のキャンパス。

名古屋駅から先生がご案内してくださいました。
灼熱で40度近い。

東京より暑い。

 

徳州会の坂本先生が、進むべき道を示してくださいました。

Dr
沢山のいろいろな話をしました。
やさしい、良い先生です。

ヤケドをしていることもあり、「痛みと優しさ」について、語り合いました。
胸部外科や消化器外科をなさっていたので、救急で医師の心のありかのとってもいい話でした。沢山おいしゃさんの話をした。

Photo_2 和洋女子大の古畑教授もいらしてくださいました。

かろうじて指だけ動く、〝豚足〟を笑ってくださいました。豚に包帯。

医師には、共感はありません。必要な処置があるのみ。自分に施した広範囲2度熱傷の処置ついて報告致しました。

僕らは、休まないように訓練をうけているので、片手に(たぶん世間で言う)重症な
熱傷にあっても病院は受診しない、というか、そういった時間が無い。

糖尿病でも高血圧でもないので、蜂窩織炎にはきっとならない。ヒビテンできのう痛みをこらえてデブリしました。必要なら正中神経ブロックを自分で局麻すればいいだけ。右手だけでキーボード打ったし、疝痛発作も無表情に過ごすコツも覚えた。診療は休めない。何日も診療してきたので、ガス壊疽にならなければ何も変わらない。
匂いで、菌の種類や多さが何となく。

Photo 岐阜大の堀川先生。とっても素晴らしい先生。早川先生と土佐先生。

国立大学の応用物理を学んだ後、国立大学の医学部に入り直して人間の医療に携わられています。

堀川先生は、なんて素晴らしい人生なんだろう。
〝おまえは、体型が壊れているから、生きていればまた会おう〟といってくださいました。そのとおり。名医は違う。真実を通して人心をあっという間に、つかみ取ります。堀川先生を頼っている患者さんは、無数にいるんだろうと思いました。本当にいい先生。
前田先生とは、名前の順で隣の同級生らしい。

Photo_3 150人以上いらっしゃる前で講師/講演会をしました。一般の方も聴けるようになりました。

多田先生は、古畑先生と同様に栄養学の重鎮。僕らは、栄養学会、協会大連合会で毎年シンポジウムを行っています。

一貫したテーマは、〝臨床栄養士さん、臨床の現場で一緒に戦おう〟です。

画像でお見せできる状態ではないので、チラ見。突沸した湯は、手のひら全体を包み、指の隙間をぬって僕から立ち去りました。

マメルリハは、無傷ですんだ。それなのにやつは、剥けて垂れ下がった皮や赤い未熟な肉芽をねらう。自然は、残酷です。言葉は通じない。それでいいとおもう。少なくてもつつきたくない悪臭にはなっていないらしいから。

Burn堀川先生や坂本先生からのコトバを胸にひめて、名古屋を後にしました。

ちょっとガンバってみようと思うけれど、昼休みは事務さんが午後の診療のために午前の集計をするあいだの3分のみ。40秒のトイレのあと、箱買いしたカップ麺がふやける前に食べるのが日課になっている。

午前の患者さんが夜にかかるときには、何も与えられないから、何も求めない。生物学的欲求を一時的に遮断する。


医師になったときから、ずっと同じ生活。生きている間に、僕が守れる患者さんがどれだけ多いかだけ。佐久間町に引っ越してからだけでも、沢山の患者さんを護ってきた。

この前も、心臓のことを僕にしらせるためだけに、何時間も待ってくれた人がいた。今後、僕らには通院されないにもかかわらず。ただ、それだけのために。

僕は、手のひらが焼けても医師の訓練を受けてきたから泣かないけれど、そう言ったときだけ、僕は、静かに心の中で泣くことを自分にゆるしている。

世間は連休かもしれないけれど、たまりにたまった様々なしごとが明日もクリニックで待ってる。左手でキーボード打たなくてはいけない。泣いても、何も変わらないから泣くだけムダだ。

患者さんたちが経験しなくていいつらさを、僕はダムのように少し減らせてあげられているのだろうか、防波堤になれているのだろうか。僕自身には全く自身がない。

僕ら医師は、インフラで道具。〝換え〟はいくらでもある。けれども、がんばらなければ、いくつあってもたりない。砂防ダムのようなものだ。山で廃用になれれば、捨てられていく。換えはいくらでもある。でも、生きている砂防ダムがないと里を守れない。

東大の女性の若い医学生さんは、産婦人科に行くという。なぜ、こちらがわに来るの?君は。と質問してみた。

〝生まれてくる子供や、人の命を守り続けたいから〟とキラキラした目でかわいらしい顔でいう。僕の手のひら全体の熱傷の話をして、国試に熱傷はでるよ、と教えてあげた。光が角膜に反射する彼女の目は、僕が守ったマメルリハのつぶらな瞳といっしょだ。僕の腐りきってしまった目とは違う涼しげな輝く瞳。

手のひらで、とりあえず面積を測るんだけれど、僕は手のひらがダメになっちゃったし、グローブみたいにむくんでるから計測が不正確だね、といって黒ずんだ指を痛みをこらえて曲げてみせたら笑っていた。やがて彼女は、救外の扉があいた瞬間に急患に突っ込んでいって、皆に指示号令をかけながらコッヘルやペアン、無数のモスキートで断端動脈を結紮しながら赤ちゃんや女性を護り続けるんだろう。

なんてカッコいいんだろう。〝クロスマッチ終わってるでしょ。12単位の輸血お願いね〟とかいって麻酔科の先生とほほえむ姿が思い浮かぶ。

女性医師は、思い切りもいいし丁寧で美しい。寝ていないはずなのに、くさくないしどこかで姿を整えている。人間の容姿を捨ててない。

皮膚科の女性医師の先生は、〝一発で焼ききんなきゃ、痛い回数がふえるだけでしょ〟と患者さんにいって、手のひらや足裏のHPVのイボを焼き切っていた。なんてカッコいいんだろう。

美しい彼女には、現場でムリせず長生きしてほしいとおもう。心からそう思う。おじさんたちが、盾になれるなら、上から振ってくる弓矢から彼女たちを護りつづけたい。もちろん、青年たちも。


僕は、ガンバって渇水をふせぐ水道管や蛇口ぐらいの価値にはなりたい。一滴ぐらい運べれば、運べる可能性を示した、と若者に詭弁できるかもしれない。物事は、ポジティブに考えるべきだ。

管理栄養士の皆、臨床の現場にでてきて欲しいと思う。共に、病と戦おう。僕らだけでは、網の目があらすぎる。

説明したとおり管理栄養士の皆にしか、守れない命があるのだから。

より以前の記事一覧